第29話 それだけの、練習をしてきた

 得点は三対三、汗を拭き、試合続行。

 激しく打ち合う! いまだ第一ゲームであることなどお構いなしに、持てる力を全力で叩きつけ、攻め立てる!


 攻防を繰り返しながら、ガーディアンは内心、脅威を感じた。


(コースの突き方が、エグい……!

 こちらの攻撃にも、コースの読みが早くて、正確に対応してくる……!)


 このときペッパーの視界は、台上を飛び交うピンポン玉の軌跡を、七色のイメージで捉えていた。

 冬の特訓、ゲーミング卓球台。

 輝く台上で光を跳ね返すピンポン玉は、どのような打ち方をすればどのような軌道を描くか、そのイメージをペッパーの脳内に深く刻み込んだ。


(だから、分かる。

 どのくらいの力加減、どのくらいの回転力で打てば、どこに落ちるか。

 どんなコース取りをすれば、あなたたちが苦しいのかだって――!)


 力任せかと思うほどの強烈な打撃!

 それは当然のごとく順回転ドライブがかかり、放物線を折り込む、無回転ならはるか遠くに飛び去る軌道が、回転力により沈み込み、卓球台のエッジ付近に着弾!

 回転力はそのまま前進する力となり、速度を増す! 伸びる!

 ヒメは滑るように追いすがる、追いつく、しかし球威を制しきれず、返球はアウト!


(まだ!)


 ヒメも負けてはいない。

 回転球を死のオーラで殺す、七色の視界をモノクロに染め上げる殺人打球!

 それは場の熱気を、汗と殺気の渦を受けてランダムにブレる、無回転の殺戮強打だ!


(あんだけ回転球打てて決め玉が無回転ナックルって反則級だな!

 やりにくいんだよチクショウ!)


 毒づきながらソルトは丁寧に拾う。防御に長けるのが逆回転主体カットマンの真髄だ。

 ガーディアンは剛腕を振るう! 呼応してペッパーも!

 四対四! 五対五! 六対六!


 観客席の柵にかぶりつくように、ナルは試合に惹きつけられた。


「すごい……! 信じられない、あそこまで強くなってるなんて!

 才能なのかもしれないけど、一年間でこんなに伸びるものなんだ!?」


「当然でしょう、ナル」


 ハカセは冷静に眼鏡の位置を直した。

 それでもその指は、震えていた。興奮で。


「シノブ君が鍛えたんですよ」


 汗を拭いて、打ち合いが再開する。

 拭いたそばから運動量は汗を噴き出させ、熱した石を水に放り込むように蒸気を舞い上がらせ、背景を白く染め上げてソルトとペッパーは力強く戦う。

 対するヒメとガーディアンも、まとう死の瘴気を隠しもせず、残像のように取り残しては俊敏に飛び回り、背景を黒く焼き焦がして獰猛に戦った。

 戦いの中で、ガーディアンは見た。

 猛攻に必死に追いすがるソルトとペッパーの、食いしばる歯のその奥に、かすかな笑みが確かにあった。


 激戦を見ながら、マァリはぶるりと震えた。


「お兄ちゃんも、ペッパーさんも、この試合のために頑張ってきたんだ」


 これまでの二人の姿が、次々と思い浮かぶ。

 寝床から見送った、早朝のランニングに連れ立って出かける後ろ姿。

 体幹を鍛えるプランクとかいう姿勢をやって、どちらが長くキープできるか競い、互いにプルプルしながら挑発する声。

 ちょっとした空き時間、握力を鍛える器具を握る、ジャコジャコという音。

 立ち上る汗の蒸気がすごすぎて、火事と間違えられて危うく消防車を呼ばれかけた夜。

 練習帰り、ペッパーが夕飯を一緒に食べて、その思いがけず緩んだ顔と、それが逆説的に語る練習中の集中度合い。

 そして本やビデオでの研究で、ひたいを突きつけながら議論するふたりの、声と視線の熱量。


 なぜだろう。涙が出てくる。


 胸から込み上げてくる感情を、マァリは両手で押さえつけた。

 その手はそのまま、祈りの形に。


「お兄ちゃん、ペッパーさん……勝てますように……!」


 ソルトの逆回転カットに翻弄されて、ガーディアンの玉が甘くなる!

 ペッパーはあやまたず強打し、ヒメは取り損ねる!

 またソルトとペッパーが、点数を重ねた……!


「ぎィッ!」


 獣のように歯をむき出し、ヒメは強打する!

 試合光景をまた、観客席、九十九高等部ツクコー卓球部顧問・獅子王院ロベルト正巳も、落ち着かず見ていた。


「強いデスネ……! 去年よりももっと。

 あの二人でも、危ないデショウカ……!」


「ンなワケねっスよ」


 ロベルトは視線を横向けた。

 二年生、トリチャンが、食い入るように試合を見つめながら、いら立つように言った。


「去年はあの二人より、ヒメさんとガーディアンさんの方が強かったんだ。

 それからずっと、あの二人は、練習してきたんだ。

 身内に不幸があっても、ずっと……!」


 柵に置いた手を、こぶしを、血が出るくらい握りしめた。


「練習してんだよ!!

 相手が練習したのと同じ期間だけ、ずっと!!

 強い人ともっと強い人が同じだけ努力してたら、もっと強い人の方が強いに決まってるだろォが!!

 そうじゃなきゃ、あの人らの頑張りは、なんだったってんだよォ……!」


 ひときわ痛烈な強打スマッシュが、卓球台を叩いた。

 得点、十一対八。

 第一ゲームを制したのは、ヒメ・ガーディアンペア……!

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