第43話 決着

 白い。

 周りがよく見えない。音も聞こえづらい。

 ただ目の前、卓球台とピンポン玉、そして相方と、対戦相手が見えるのみ。


「ふぅッ……!」


 ペッパーは口から息を吹いた。

 汗の玉が、吐息に乗って飛び散り。

 それが床に届く間もなく、次の打球!


「ぅああッ!」


 意地で腕を振り、強い打球を返す。

 ゆでダコのように紅潮したガーディアンは熱波とともに返す、ソルトが飛び込み雪に変える、ヒメ受ける! 回転威力を完全に殺し殺戮のプラズマ無回転ナックル

 ペッパーは後退しながら虹を架ける、足元でギャリギャリと火花を散らしながら踏みとどまり、打球! 貫く!

 ここまで打ってようやく一点! 二十七対二十七!


「ああぁぁあッ……!」


 振り絞って打つ。

 余力を考える余裕なんてない。

 ただただ、全力で打つのみ。


 スノードロップ! レインボードライブ! 真・チキータ! 殺戮プラズマ無回転ナックル

 ようやく一点!


 ヒメの髪留めが弾け飛んだ。

 ソルトとペッパーのミサンガが、ちぎれ飛んだ。

 もはや必要もない。

 その身ひとつを燃やし尽くして、戦い切るのみ。


 最高の一打! 最高の一打! 最高の一打! 最高の一打!

 ようやく一点!


(不思議だなぁ)


 打ちながら、ガーディアンは思った。


(こんなにも、満ち足りた戦いをできているのに。

 まだ、足りないんだ。

 勝ち切るまで、本当に満足なんて、できないんだ。

 そんなにも貪欲で、傲慢になれることが、うれしいんだ……!)


 まだまだ高まる熱気の中で、打ち続けた。


 ようやく一点!

 ようやく一点!

 ようやく一点!

 ようやく一点!


 どこまで打つ。決着まで。

 どうしたら決着する。均衡が崩れたら。

 どうしたら均衡が崩れる? ……誰かが、力尽きたときか?


 ピンポン玉の音に混じって、すすり泣く声が聞こえた。

 観客の少なくない人間が、涙を流していた。

 四名の背景を知る者はほとんどいないし、この雲海と狂熱の中で、試合をきちんと把握できている者も多くはなかった。

 ただこれから決着がつき、どちらかが勝者になって、どちらかが敗者になることが、悔しかった。

 ここまで頑張ってきて、これだけ熱戦を繰り広げてきて、どんな差で明暗が分かれるというのか。

 この四名の中で、いったい誰が、どれほど劣っているというのか。


「……決めなきゃ、ダメなのかよォ……!」


 観客席、トリチャン。

 だらだらと涙と鼻水を流しながら、その目はずっと試合を見ていた。


「どっちが勝ちで、どっちが負けか、決めなきゃいけないのかよォ……!

 どっちもメチャクチャ強くて、メチャクチャ頑張ってて、それじゃあ、ダメなのかよォ……!!」


 言いながら、トリチャンだって分かっている。

 誰でもない、あの四名が、納得しない。


 ようやく一点!

 ようやく一点!

 ようやく一点!

 ようやく一点!


「ああぁぁああアアァ……!」


 叫びながら打つ。

 また一点が入り、試合は、終わらない。


「お兄ちゃん、ペッパーさん……!」


 流れる涙がなんなのか、マァリ自身にも、よく分からない。

 勝ってほしいと願うのか。無事に帰ってきてほしいと願うのか。


 別の一角、ペッパーの母も、涙ぐみながら試合を見ていた。

 ハカセは、シノブは、ナルは、まるで自分自身が打っているように、体がきしむような感覚がした。


 そこにいる全員が、痛みを感じながら、試合を見ていた。


 異変に気づいたのは、会場全体をくまなく見ていた、旋風嵐太郎だけだった。


「なんだ、あれは……雷雲……!?」


 天井、まき散らされたプラズマが吸い上げられて。

 積み上がった雲が、真っ黒に染まり。


 落雷。に、見えた。


 強烈な衝撃が、試合をする四名全員の体を打ちすえた。


「かっはッ……!」


 ヒメが打球をしようとする瞬間だった。

 強い衝撃に打たれ、ヒメは心停止しながら、それでもきっちりと最高の一打を放った。

 その向かい。ペッパー。ぶすぶすと黒煙を上げながら、まっすぐに構えた。


(たかが落雷ひとつ、なんだっていうんだ。

 ソルトと出会ったときの衝撃の方が、ずっとずっと大きかった。

 この程度のダメージで、ボクは止まらない。

 止まるものか!)


 虹を架ける。順回転ドライブ

 迎え撃つガーディアンが、雄叫びを上げて立ちはだかった。


「ぼくは!! ぼくたちが!!

 ぼくたち二人で、勝つんだァーッ!!」


 上から下へ叩きつける強打スマッシュ

 ピンポン玉は卓球台を強く跳ね、高く遠く、飛び去ってゆく。


 ソルト。走った。

 卓球台に背を向けて全力疾走し、着地点を目指す。

 まっすぐに。


(終わらせやしねぇよ。終わりゃしねぇんだよ。

 オレたちの卓球は、ここで終わりになったりはしねぇ。

 なぁ、そうだろう?)


 走る。走る。会場の隅。

 そして振り返って、ピンポン玉を見上げ、構えた。

 くしくもその位置は、隅で見守っていたユキドリの、目の前だった。


(終わらせないための技術が、オレにはある)


 逆回転カットのフォームで、振る。


 そのフォームが、ユキドリの目に焼きついた。

 美しく理想的に流れる、そしててらいのない、基礎的な技。

 ユキドリが教えた技。


 不意に、ユキドリの視界で、ソルトに別の姿が重なった。

 遠い昔の、ユキドリ自身が卓球する姿。


(オレが教えたんだ)


 ユキドリが得意としていたから、教えた。

 得意だったのだ。

 なんでもそつなくこなしてきて、なんにも頑張りたいものがないと思っていたユキドリが、他の技よりそれが得意だと言える程度には、逆回転カットを。


(練習してんじゃん。

 努力してたんじゃん、オレさぁ)


 足が一歩、前に出た。

 柵から身を乗り出そうとする体を、抑えた。

 叫び出そうとする心を、なんとか抑えた。

 抑えて、心で叫んだ。


 あれは、オレだ!

 オレなんだ!

 オレが頑張って、オレがつないだから、ソルト君は今あそこで戦えているんだ!

 オレの人生は、オレがやってきたことは、無駄じゃなかった……!


 ソルトのラケットが、ピンポン玉を打った。


 逆回転カットは、つなぐ技術だ。

 どんな強打も、どんなに難しいトリックショットも拾い続け、次につなぐ。

 先を見据えて、試合を未来へと前進ドライブさせてゆく。

 逆回転主体カットマンとは、そういう技術だ。


 ピンポン玉は飛ぶ。鳥のように。

 ピンポン玉は落ちる。雪のように。

 そしてあやまたず、卓球台に着地した。


「ああ、ああぁあ、ああぁぁああアアア!!」


 ガーディアンは吠えた。

 軽やかに跳ねたピンポン玉に、ガーディアンなら手が届く。ガーディアンなら。

 それではダメなのだ。

 卓球ダブルスは、交互に打たなければいけないのだ。


 ヒメは心停止から復帰できず、膝を床についた。

 その上半身がゆっくりと、仰向けに倒れていった。

 そして後頭部を床に打ちつける寸前、獅子王院ロベルト正巳が滑り込み、受け止めた。


 ヒメの胸に、雪の雫が舞い落ちた。

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