19話 鎖骨の論。
身内がカウンセラーだと、経過報告を無視できない弱みがある。
だから、バスタオル一枚まいただけの風呂あがりの妹と廊下で遭遇しても、無視できないわけだ。
「兄貴、首尾は?」
『首尾は?』といういい方、紗季とそっくりだな。
ふと思う。この二人、あわせたらどうなるのだろう。どんな化学反応を起こすのか。性格が似ているとは思わないが、同じ方向は向いていると思う。
あんがい大親友になったりして。ただ里沙は、相手が年上でも、言いたいことを言う性格だからなぁ。そして紗季も、大人げないところがある。
「里沙。お前さ、西塔紗季に会ってみたいか?」
「興味ない」
凄い、即答だ。カッコいい。こんなとき、おれは妹を見直してしまうわけだ。兄として、妹に惚れなおすといっても良い。何がそんなに感動したのか、自分でもよく分からないがね。
「そんなことより、兄貴の青春〝ごっこ〟は、どうなったの?」
里沙のむきだしの鎖骨を眺めながら、おれは兄らしいことを言った。
「とりあえずパジャマを着てこい」
3分後。おれは里沙の部屋にいた。パジャマ姿の里沙が、キャスター付き椅子に座っている。こちらはベッドの上。
「女子の部屋がいい匂いするというのは、都市伝説だったのだな。ここ、干物くさい」
「あたしがおやつに干しホタルイカを食べたからって、非難されるいわれはないんだけど」
「誰も非難はしていない」
「で?」
『で?』ねぇ。
里沙がここまで気にするのは、ただの好奇心とは違うようだ。ある種の義務感。一度助言をはじめたからには、最後まで見届けねばならないという。
閉ざされた館で連続殺人がはじまったならば、居合わせた探偵は最後の被害者が殺されるまで見届けるものだ。それでようやく、事件解決の謎解きをはじめる。
こういうのを、人に課せられた義務という。
そこで『かくかくしかじか』と話したわけだ。もちろん実際は、今日一日の出来事を、できるだけ丁寧に。
結論を述べたところで、里沙が呆れとも諦めともいえる調子で言う。
「兄貴って、変なところで根にもつよね。たいていの人が、理解できないところで」
「いや、まてまて。記念受験された身にもなってみろ。落ちることが前提だったんだぞ。そんなことが許されるものか」
「だからって、付き合おうと試みる必要はないでしょ。兄貴には、寛容さが足りないよね。南橋さんには、たぶん悪気はなかったと思うよ。確かに兄貴からしたら、不愉快だったかもしれないけど。相手も未熟な学生なのだから、それこそ大目にみなさい。あと言っておくと、兄貴のほうがよほどダメ人間だからね」
この妹というカウンセラーは、兄という患者に寄り添う気がないらしい。
「じゃ、おれはどうするべきなんだ? デートをキャンセルしようか?」
カチカチという音がすると思ったら、里沙が爪を弾いていた。考え事をするときの妹の癖。
「兄貴がとるべき道は、ただ一つ。『水族館デート→最中にキス→ラブホに行きセックス、そのあとで僕たちは友達でいよう、と兄貴が言う。そして夕日が沈み、ENDと出る』。めでたし、めでたし」
いろいろとツッコミたいことはあるが──。
「まてよ。カップルになる前に、セックスにまで至るものなのか」
「たいていの男女は、そういうものだよ兄貴」
「お前は……え、里沙って、処女だよな? まさかもう?」
「兄妹だからって、そこまで明かすことはないんだけど。あたしはまだ処女です。ホッとした?」
「う~む」
処女の中学生に、おれは恋愛相談しているのか。それはそれで、どうかと思う気がしてきたが。
「で、なぜにセックスまでしなきゃならないんだ?」
「兄貴はもうどん詰まりだから。ここいらで荒療治でもないことには、治癒のしようがないから。とにかく思春期の男子らしく、やることやって、脳味噌に刺激を与えないと。このままだと兄貴は、魂が老衰する」
「まてよ。南橋志穂にその気がなかったら、どうするんだ。たぶん、その気はないと思うぞ」
「あたしが読むに、南橋志穂さんは──」
「南橋志穂さんは──?」
里沙がぐっと身を乗り出してきた。鼻と鼻がぶつかるくらいまで。双眸には爛々とした輝き。
「兄貴とヤリたがっている」
「……」
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