第6話 日曜日が待ち遠しい。


 土曜日。せっかくの休日なので目覚ましをかけずに寝ていたところ、LINEの通知音で起こされた。


 瞬間、『これはヤバい』と軽く焦った。何がヤバいかといえば、今日が西塔紗季とのデート日だったからだ。


 しまった。寝過ごした──というか目覚ましをかけていなかったあたり、潜在意識が『行くのが怠い』と言っているようではないか。


 で、慌ててメッセージを見てみると、


『ごめん。寝過ごしたから、ちょっと遅れる』


 ……


『初デートに遅れるというのは、やる気がないんじゃないか?』


 と返信しておいた。こういうのは、先に手の内をあかして謝罪したほうの負けだな。


 だが、のんびりはしていられない。辛辣な返信を送った以上は、西塔より先に待ち合わせの場所に到着している必要がある。そうでないと、こちらも寝過ごしたことがバレてしまう。


 ところで──


 あれ。待ち合わせの場所って、どこだっけ?


 この休日デートのプランは、一昨日、お互いにテンション低めのときに決めたものだった。

 映画を観にいく──というだけのプランだがね。そのさい、どこを待ち合わせ場所にしたのだったか。


 まてまて。思い出すんだ。まずおれは、現地集合を提案。対して西塔は『デートって、そういうものじゃないでしょ。現地まで一緒に行くのが、カップルというものでしょ』と指摘してきたので──


 駅だ。どこかの駅で待ち合わせすることにしたんだ。


 で、どこだ? 学校の最寄り駅にしたような。いや、まてよ。

 おれは『学校の最寄り駅』を提案したが、西塔がほざいたわけだ。それだと、目的の映画館の入っているショッピングモールに行くために、いちいち乗り換えなきゃならないと。


 というのも西塔の自宅の最寄り駅からだと、乗り換えなしでモールに行けるのだとか。

 そうだ。結局、『ショッピングモールの最寄り駅』を待ち合わせ場所にしたのだった。


 くそ。ほとんど現地集合だろ、それ。


 こんなことをダラダラ思い返しながら、歯磨きと洗顔、着替えを済ませる。出発しようとしたところ、妹につかまった。


「兄貴──誰かとデートに行くところだね?」


「なぜ、そう思う?」


 西塔のことを妹には話していない。もちろん今日のデートのことも。だというのに、なぜ推測できたのだろうか。デートだからといって、気合をいれた服装を選んだわけでもないし。


 おれの質問に答えることはなく、妹は淡々と言うわけだ。


「兄貴。恋することがちゃんとできないまま歳をとると、腐った卵のようになっちゃうからね。ちゃんと相手を受け入れて、心を開くのだよ」


「JCのくせに偉そうなことを」


「JCの曇りなきまなこを、バカにしちゃダメだなぁ」


 くもりなきまなことやらに見送られて、家を出た。結果、目の前で電車を逃すはめに。悪いことは連鎖するもので、待ち合わせ場所に到着したら、すでに西塔が待っていた。ここに来るまでに、階段ですべって足でも捻っていれば良いものを


 西塔の服装は、黒ブラウス+タイトデニムスカート。ほう。これは人込みの中でも、素晴らしく目をひく綺麗さ。ちょうどナンパされているところだったが、おれを見つけるなり、満面の笑みで手をふって駆けてきた。


 笑顔のまま言う。


「君が遅刻するから、毛虫にたかられたわ」


「お前なら自力で踏みつけそうだが」


「にしても、おかしいわね東城くん。すでに待ち合わせ場所に到着しているはずじゃなかったの?」


「おれもお前も寝過ごしたのだから、同罪だろ」


「それは違うわよ。わたしは正直に白状したのに、そっちは嘘をついたのだから。罪は、あなたのほうが重い。けど許してあげる。映画代を奢ってくれたら、許してあげる」


 交渉の基本。

 こちらが譲歩することを前提として、まず提示額で大きく出る。

 対する交渉相手は、これまた譲歩することを前提として、提示額を小さくする。


 西塔が『映画代』というので、こっちは『ドリンクのSサイズ』を提示。

 互いに織り込みずみの譲歩をした結果、『ポップコーンのMサイズ』となった。


「昼前にお菓子なんか食べていたら、ふとるぞ」


「わたし、ふとらない体質なのよね」


『悪気がないけど大半の女子を敵にまわす』発言をさらりと言ってから、西塔は上映スケジュールを指さした。


「で、どれを観るの?」


 プランを立てたときやる気がなかったせいで、どの映画にするかさえ考えていなかったわけだ。


「いまの時間からだと──甘酸っぱい国内の恋愛映画か、リーアム・ニーソンが芝刈り機で悪党を殺しまくるアクション映画」


 西塔は即答。


「アクション映画ね。恋愛ものって、眠くなるし」


「だな──いや、まて。普通は恋愛映画じゃないのか。そりゃあ、個人的にはリーアム芝刈り機無双が観たいところではあるが」


「あら。東城くん。やる気に満ちているのね。わたし、そういうところ好きよ」


 ないものを褒められても、嬉しくもなんともない。

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