第7話 感動ポルノに教わる。


 デートというのは、些末なところが厄介だ。たとえば、劇場の座席ひとつとっても。


「東城くん。わたしは、後ろのほうの席がいい」


「なら、お前はそうしろ。おれは前のほうがいい」


「あのさ。カップルが隣り合った席をとらないで、どうするの?」


「じゃ、前のほうの席で隣り合ったのを選ぶとしよう」


「そこはさ、女の子の好みを優先するところでしょ」


「そうだな。西塔の意見を優先して、後ろの席で選ぼう」


 よくよく考えてみると、恋愛映画ならどこで観ても同じか。これがアクション映画とか、大スクリーンで観てなんぼのタイプだと、前のほうの席を選びたくなるわけだが。


 とにかく、ここで西塔を優先してやったので、いわば『ひとつ貸した』状態だ。


「東城くん。いま『ひとつ貸しだぞ』とか思ってないわよね? こんな小さなことで、まさかそんなアホなことは思ってないと思うけれど?」


 西塔め。先んじて『一つ貸し』を潰してきたか。確かに『こんな小さなことで』と言われると、あえて主張するのが恥ずかしくなってくる。仕方ない。ここはタダで譲ってやろう。


 その後、ポップコーン(M)×2と、ドリンク(S)×2を購入。

 ところで。他のカップルは、ポップコーン(L)×1+ドリンク×2の組み合わせが多くみられた。


「非効率だよな。わざわざ一つのポップコーン容器で、一緒に食べるなんてさ」


「ほんと、ほんと」


 と、同意してうなずいてから、何やらハッとする西塔。


「まって。もしかすると、その非効率さこそが重要なのかも。たとえば一つの容器だと、ポップコーンをとるとき、お互いの指が触れたりするのでは? 指が絡まりあったり、そして──そして──へし折る?」


「それは上級者向けすぎるんじゃないか」


 ようやく席までたどり着いた。


「カップルは映画を観ながらもイチャイチャするそうよ、東城くん」


「イチャイチャしたいのか?」


「うーん。面倒くさそうだけど、頑張ってやってみる?」


「やめろ。おれは昔、後ろの席でイチャイチャしていてウザかったカップルに、『乳繰り合うなら外でやれ! この不細工どもが!』と言ってやったことがある」


「やるわね。それでどうなったの?」


「顔面を殴られた」


「ははぁ。彼氏が、彼女にいいところ見せようとしたのね」


「いや違う。カップルの女のほうに──」


「女の子に殴られたの? 情けない」


「どうとでも言え。あれは素人じゃなかった。格闘術を会得していたに違いない」


 まず本編前の予告が流れ、かの有名な映画泥棒。で、やっと本編開始。上映開始時間といっても、実際は一連の前振りがあるので、5~10分くらいは無駄な時間があるわけだ。それでも律儀に上映開始時間に席についているのが、映画館マナーというもの。


 肝心の本編は、よくある難病もの。ヒロインは余命数カ月で、主人公となんやかやあって、最後には死んでいく。しかし彼女は幸せだったのだ。最後に誰かを愛することができたから。


 エンドロールを眺めながら、西塔がストローをずーずーさせて、残ったドリンクを飲み干した。


「ありがちな感動ポルノだったわね」


「まぁな」


 まぁ確かにそうなのだが、少し考えさせられた。


 仮に、だ。おれが今日、トラックに轢かれてくたばったとしよう。東城くん、ご臨終。

 すると、おれは誰かを愛するという経験を知らずに、あの世に逝くわけか。


 そこで危機感を覚えないところに、おれは自分の限界を感じ取っているわけだよ。

 しかし、それはなんの限界だろう。青春を生きる若者として? それとも、ひとりの人間として? 人間として、何か重要なものが欠落しているんじゃないか? 動物は好きなので、サイコパスではないと思うが。大丈夫。おれはサイコパスではないぞ。


「西塔。で、次はどうするんだ?」


 エンドロールを最後まで見届けてから、おれたちは劇場から出た。

 そこで尋ねたところ、西塔は迷いのない即答。


「帰るわ。おなか空いたし」


 一考の余地があるよな、この返答。


「普通、デートなら一緒にお昼をとるんじゃないか?」


「わたし、食べているところを見られるの、好きじゃないのよね。学校とかなら仕方ないけど──ボッチ飯は嫌だから──けど、わざわざ休日でまで、誰かと食べたくないし」


「なるほど。その気持ち、尊重する」


 というわけで、解散となった。


 というか、もうこのカップル、別れてよくね?

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