第5話 不定形的デート。
恋人宣言は、それなりに騒ぎを起こした。
西塔紗季は、思っていたよりさらに、校内では有名だったらしい。
あとから聞いた話では、何十人もの男子から告白されていながら、すべて断っていたとか。ラブコメがしたかったのなら、告白してきた男子とすればいいものを。
だが、何となくだが──西塔の気持ちも分からないでもない。
自分に好意をよせている相手とは、真摯に向き合うべだ。それこそが、道義心というものだろう。
そして真摯に向き合うからこそ、断るしかないのだ。なぜなら西塔からしてみたら、その男子は『どうでもよい存在』でしかないのだから。
そして、おれも西塔にとっては、『どうでもよい存在』にすぎない。
だがおれが特異なのは、おれもまた西塔のことが『どうでもよい存在』ということだろう。
なんという素敵な関係性。あと腐れなし。
バスで乗り合わせた旅人が二人。
そんなおれ達は、放課後。
昨日と同じチェーン系カフェで、顔をあわせていた。
ストローでカフェラテを飲んでから、西塔が尋ねてくる。
「カップルになったわね、東城くん。やったー。さてと、次は、なにをするの?」
「知るか」
おれが頭を悩ますことじゃない。こっちは西塔の試みに付き合ってやっているだけなのだからな。
「では、休日デートしかないわね」
「まぁ、いいんじゃないか」
わざわざ『休日』を入れてきたのは、放課後、一緒にコーヒー飲みに行くのもデートといえるからか。つまり、いま以上のことをしようと。
西塔がなにやら思い出したという様子で言う。
「そうそう、デートで思い出したわ。東城くん、君って意外とモテるのね。聞いたわよ。何人かの女子と、すでに付き合ったことがあるって。わたしのクラスメイトにも、一人いたわね。潮崎って子」
付き合うといっても、恋人同士になったわけではない。デート的なものに付き合っただけ。毎回、失望の眼差しを向けられて終わることになっていた。なぜだろう。
「しおざきさんか。覚えてる、覚えてる」
実際のところ、あんまり記憶にないが、わざわざ西塔に白状することもあるまい。
「東城くん。君は、容姿は悪くないものね。それに、謎めいている。たんに陰鬱なだけの、人間性がマイナスな男子なのだけど。その正体が、パッと見ではわからないわけ」
西塔紗季の分析は、正しいのだろう。
主観的にも、そんなようなものの気がする。自分でも、好きでこんな性格になったわけではないが。
これもまた遺伝的なものなのだろう。人は生きるようにしか生きられないものだ。それを十代のうちから知ってしまうのが、現代というもので。
「デートを一回すると、みんな分かるらしいよ。二度目のデートには、誘われたことがないからな」
西塔がくすくすと笑う。
「さすがにデートしたら、君が相手に興味がないことが、バレてしまうのよ。他人に興味をもてないビョーキじゃないの、君はさ?」
お前に言われたきゃない。お前も、おれの同類のくせに。
とにかく話を戻そう。脱線するのは好きじゃない。
「デートといえば、映画だろうな。これまでも映画が基本路線だった」
「映画鑑賞って、はじめてのデートには最悪の選択よね。映画観ている間はお互いに話せないし、しかも映画の趣味があわなかったり、感想が真逆だったら即破局のリスクがある。
よって素晴らしい選択だわ」
「お前なら、そう言うと思った」
ところが、ここで西塔は顔をしかめて、
「まって。映画って、けっこう高いわよ。しかも、いまは観たい映画が上映していない。なぜ見たくもない映画のために、大金をドブに捨てなければならないの」
こいつ、前回もコーヒーを奢らなかったし、ケチなのではないか。だが金銭的な価値観というのは、人によって変わってくるのは仕方ない。
いや、やっぱりケチだろコイツ。
「なら、配信中の映画でも観るとかさ」
「いいわね。けど、それってお家で観るということよね? ファーストデートにしては、展開が早めね。けどサクサク進むのって、嫌いじゃないわ」
ネットカフェあたりでの視聴をイメージしていたんだが。まぁいいか。
「じゃ、君の家で観るか。ところで独り暮らし?」
「いいえ、家族と暮らしているわ。まって。そもそもなぜ、わたしの家なのよ?」
「おれは実家に住んでいるからな」
「だから、それはわたしもだって。わたし、東城くんのお部屋に行きたいなぁ~」
理解した。すなわち、西塔は他人を家に招きたくないと。
そこは共感できる。おれも全く同じ気持ちだから。
自分の部屋というものは、ようは聖域なわけで、他人が入って来るなどは『侵略行為』に等しい。
正直、妹の里沙だって、『なぜ聖域に入り込んでいるんだお前は』という気持ちになること多々である(そんなこと言うと拗ねられるので黙っているが)。
とにかく、『どこぞの馬の骨とも知れない』恋人であるこの西塔紗季を、我が聖域に招くなど論外。
ゆえに、西塔の部屋で済ませればいいや、と思ったのだが。
彼女も、『我が聖域』思想の者だったか──
というのも、この世の中には、平気で他人を家や自室に招く輩がいるものだからな。紗季が、そういう『聖域を持たぬ』思想だったら、話は簡単だったのだが。
ここでジャンケンとかで決めてもいいが。負けたら、西塔を部屋に招かねばならなくなる。そのリスクは、高い。
そして西塔も、同じ結論に達したようだ。よって妥協の道となる。
「やっぱり映画館に行こうじゃないか、西塔」
西塔は肩をゆすって、うすく微笑んだ。
「いいわね」
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