第4話 青春の定義づけ。

 

 だいたいテンションをあげると、そのあとの落ち方が酷い。


 ぐったりしたおれと西塔は、屋上から降りた。校舎にいても仕方ないので下校。駅前のチェーン系カフェで、続きをすることに。


 やたらと長ったらしい名前のコーヒーを飲みながら、おれは思いついたことを口にした。


「思うんだけどさ。そもそも『青春を楽しもう』というのが、もう消費期限が切れている思想なんじゃないか。たぶんソシャゲしているほうが、心は豊かになる」


 西塔はどうでも良さそうに言う。


「ふむ、ふむ。青春はソシャゲに負けたのね……確かに、ソシャゲしている時間は、無難よね。無難って、やっぱり大切かもね」


「まぁ、そういうことだな」


 話すこともなくなった。


「じゃ、おれは帰る。ごちそーさん」


 はんぶん寝ているのかというくらい静かだった西塔が、ハッとした顔でおれを見やる。


「わたしが奢るの? 普通、男子が奢るものじゃないの?」


「デートじゃあるまいし」


「なら割り勘でしょ」


 こんなところで揉めても詰まらないので、割り勘で妥協してやろう。

 正直なところ、貴重な時間をこいつのために割いてやったのだから、コーヒーくらい奢るのが当然だと思うがね。

 いや、別に貴重ではないのか。何か用事があったわけでもないし。


「じゃぁな」


「じゃね」


 西塔紗季のチャレンジ精神は買う。このままじゃいけないのではないか、という焦りは、とても理解できる。

 だが、どうしようもないこともある。楽しめないものを、無理に楽しもうとしても、結局ダメになるだけだ。


 これは遺伝子のレベルで、もう決まっているんじゃないかな。青春を楽しめる遺伝子と、何ら意味を見いだせない遺伝子があるわけだ。おれも西塔も後者なのだろう。遺伝で決まったことなので、逆らっても意味なし。


 翌日。

 朝のホームルーム開始ぎりぎりで登校すると、妙にクラスメイトから視線を感じた。じろじろ見られている。


 席につくと、前の席の相田がこちらを向いてきた。


「おい東城、おまえ、3組の西塔紗季と付き合っていたのかよ。親友のオレにまで隠しているとか、ひでぇじゃねぇか」


「はぁ?」


「一緒に仲良く駅前の店にいたそうじゃねぇか」


 一緒にコーヒーを飲んだだけで、カップル成立しなくていいのに。だがカップル云々を否定するよりも、まず言っておきたいことがあった。


「相田、お前とは親友じゃないぞ」


 相田は『またまたぁ~冗談がきついぜ』という顔。

 ええ?


 ホームルームが終わると、西塔がうちの教室まで来た。

 なぜすぐ分かったか。ちょっとした騒ぎになっているので。とくに男子のあいだで。西塔が人気なのは、本当らしい。

 確かに容姿は整っているからなぁ。

 というか、みんな西塔の『死んだ目』には気づいていないのか。澄んだ綺麗な瞳の、しかしその本質は『死んだ目』を。うわべしか見えていないのか。


 教室の入り口から、おれと視線をあわせるなり手招きしてくる。

 おれが歩いていったら、彼女は右手をつかんできて、引っ張るようにして歩き出した。

 ひと気がないところへと向かっているらしいが、廊下にいる生徒たちから視線を集めているのに気づいているのか。


 ようやく、まわりに誰もいないところまで移動した。これはまた変な噂の種を撒いたことになるなぁ。


 西塔は、そんなことは気にしていないようだがね。


「わたしたち、ちょっとした噂になっているみたいね。わたしが男子といるのが、珍しかったのでしょう。普段は告白とか、速攻で断っているし」


 そちらでも噂になっていたのか。

 あくびをかみ殺しながら、おれは肯定した。


「らしいな。心配するな。ちゃんと否定しておくから」


「まって、否定する前に考えてみて。これって、意外と青春っぽくない?」


 そう言う西塔は、どことなく瞳を輝かせている。死んだ目が、少しだが生気を取り戻している。


 おれはいくぶん感動した。死者蘇生を目の当たりにした感じ。


 今更ながら、青春ってなんだろうと考えてみる。青春の定義の一般論ならば、聞いたことはあるが、実感としてはピンとこない。西塔は存在しないものを求めているのでは?


「同級生たちのヒマつぶしで噂されるのが青春というのなら、青春なんだろう。だがお前は青春をどう定義しているんだ?」


「わたし、その定義についてはじっくりと考えてみたのよ。ひとつ答えが出たと思う。それはラブコメなのよ」


「青春とは、ラブコメである──」


 答えが遠のいた。


「ラブコメっぽいことをしていれば、きっとわたしたちも『青春しているなぁ』という気持ちになれるはず。そうでなければ困るわ」


 ふと気づいた。

 西塔は真剣だ。心の底から、今回の可能性に賭けている。それほどに、青春というものを味わいたいのか。

 というより、後悔したくないのだろう。何十年かして、もっと学生時代に青春(らしきもの)をしていれば良かったと。


 または、生き延びたいのかもしれない。退屈で死なないために。なんとか学生生活をやり遂げるために、ドキドキすることが必要なのかもしれない。甘酸っぱい青春が。


「じゃ、賛成ね?」


「つまり、恋人の噂を否定しないということか? もっというと、おれと君が付き合う?」


「ものは試しで」


「まぁ、いいんじゃないか」


 次の授業のため教室に戻る。相田から問いかけられる前に、おれは少し声を大きめにし、言った。


「そう、そう。おれは西塔紗季と付き合っているよ」


 これで何か変わるといいんだが。われわれのために。

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