第3話 三大欲。


 恋文の中身は、『放課後、また屋上に来ること』とあった。簡潔明瞭。そして命令形。


 ところで、屋上に続く扉は、普段は施錠されている。昨日なぜ開いていたのかは疑問だ。あの女、まさか屋上の鍵を持ち歩ているのか。


 可もなく不可もないYouTube動画のように一日が過ぎていき、放課後。

 せっかくなので向かってみると、はたせるかな鍵は開いていた。今回、西塔紗季はフェンスのこちら側にいた。


 ちょっとガッカリ。


「来たわね、東城紘一くん」


 おれの名前を知っているのか。最低限のリサーチはしていたようだ。


「というかさ、3時間目の休み時間のとき、廊下ですれ違ったよな。別に屋上で会う必要、なかったのでは?」


「わたし、形から入るタイプだから」


「で?」


 西塔は淡々と言ってきた。


「東城くん。あなたは、わたしと同類のようね。生きることが息苦しい。日々が楽しくない。いつ死んでも構わない。そんな、どんよりした、はた迷惑な思考に陥っている」


 たしかに妹には、はた迷惑がられてはいる。あと、少しだけ心配もされている。


「かもしれない」


「ねぇ、だけど真面目に考えてみて。わたしたち、このままじゃ、つまらない高校生活を過ごすことになるのよ。大人になったとき、後悔するわ」


 西塔紗季。なんてポジティブ思考な女だろう。

 つつがなく大人になる気でいるとは。仮に屋上から飛び降りなかったとしても、いつ不慮の事故で死ぬかもしれないというのに。


 意想外なことに、おれの考えが読まれたらしい。


「君の言い分も分かるわよ、東城くん。確かに、いつ石鹸に足を滑らせて頭打って死ぬか、分からない。だけど仮に、つつがなく大人になったとしましょう」


「仮定として」


「そのとき、振り返ったら灰色の高校生活でもいいというの? もっと、こう、青春しないと」


 高校生活だけを特別に区分する必要性もあるまい。人生すべてが灰色ならば、同じことではないか。


「たしかに人生はずっと灰色かもしれないわよ」


 今回も、おれの考えは読まれた。読心術のスキル持ちでないのなら、この女、よほどおれと思考回路が似ているらしい。


「けど、だからこそ、せめて高校生活くらいはバラ色──でなくても、薄い赤色くらいにはなって欲しいじゃない。それくらいの権利はあるでしょ」


 西塔の言いたいことは分かる。高校生の間だけ、という期間限定ならば、生き生きと生活することができるのではないか、と。嘘で笑っていると、そのうち脳味噌が誤解して、本当に楽しくなるともいうしな。


 おれは嘘笑いして答えた。


「セックスでもするか? したことないけど。経験者によると、世界観が変わるらしいよ」


 相田が、そう言っていた。アイツの話が、どこまで当てになるか不明だが。しかし、人間の三大欲といえば、睡眠欲、食欲、そして性欲。


 最近は、不眠ぎみで4時間も眠れれば御の字(しかし8時間たっぷり寝れたからといって、劇的に何かが変わるとも思えない)。

 食事は、とりあえず三食ちゃんと取れている(たぶん好物は牛丼)。


 残すところは性欲。

 これが最期の希望か。


 西塔は腕組みして、熟慮黙考の構え。


「う~ん。なんか違うような気がする。青春って、もっと甘酸っぱいものな気がする」


「そんなものかね」


「でも、いちおうしてみる?」


「何を?」


「エッチを。わたしと、君で」


 おれは晴天を見上げ、これはチャンスなのだろうか、と自問してみた。


 西塔紗季は美少女であり、スタイルもよく、胸も大きい。そんな彼女とエッチできるというのは、男子高校生として幸福の極まりなのではないか。


 まてよ。セックスって、つまり互いに裸になるわけで──。


「断る。見知らぬ女に、裸を見せてたまるか」


 西塔は肩をゆすった。


「確かに」



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