第2話 ここだけは最高だった、と。


 憂鬱なときほど勉強がはかどる。


 思うに、気分が良いと『勉強なんかしていられるか』となるが、どん底だと『何をやっても酷すぎる』という精神状態なので、退屈な勉強も苦なくできるわけだ。

 で、そこからさらに考えるに、世の中の勉強できる奴らはみんな心が死んでいるのだろう。


 おれがしみじみと落ち込んでいると、ドアが勢いよく開いて、わが妹が入ってきた。ノックをし忘れたわけではなく、意図的に省いているわけだね。


「英字辞書、借りにきたんだけど──また暗い顔して」


「これ、生まれつき」


「兄貴さ、鬱々としているヒマがあったら、もっと前向きに生きたらどう?」


 なんで妹なんぞに説教されねばならないのか。


「前向きだよ。おれは前向きに生きている。だからお前にも親切に辞書を貸してやるわけだ」


「青春は短いんだから、楽しまなきゃ損だよ。一説によると、いまが人生のピーク。あとは落ちるだけという話。ジェットコースターでいえば、いまがてっぺん。あとは急降下」


「お前は、おれを励ましたいのか落ち込ませたいのか」


 妹──ちなみに里沙という──は、おれのそばまで来て、ぽんぽんと肩を叩いてきた。妹のくせに人生の先輩風を吹かす。


「どんな退屈な映画にも、『ここだけは最高だった』という瞬間があるものだよ。兄貴のつまらない人生にも、きっとそれがあるって」


 こいつは、おれを侮辱したいのか、侮辱したいんだろうなぁ。


 妹を追い払ってから、おれは考えてみる。

『ここだけは最高だった』シーンが気づかずに終わっており、いまやエンドロールが流れていたらどうなんだろう。残りの人生は、エンドロール。無駄に長いだけの。


 翌日。

 相田和毅という友達(らしき不快な物体)と登校するハメになった。高校の最寄り駅で、見つかったのが運のつき。校舎までの道のりを、相田のしょうもない話を聞かされることになった。


「つまりさ、オレはラテックスにアレルギー反応を起こすんだよ。ラテックスのゴム

を装着すると、赤く腫れちゃうわけ。だからさ、おれはポリウレタン製にしたいわけだよ。ところがアミの奴が、ポリウレタンは感触が嫌いだっていうんだ。しかし、んなの分かるのか? どういう繊細な穴だ。どう思うよ、東城?」


 こいつ、いますぐトラックに撥ねられないかな。で異世界に行ってくれ。


 だが残念なことに、もう校舎の昇降口に到着してしまった。


 下駄箱を開けると、白い封筒が入っている。召喚状か? 表には『これは恋文です』と書かれていた。


『これは恋文です』と書かれた恋文なんかあってたまるか。いたずら。というより、罠だ。なんらかのトラップに違いなく、それに嵌るのはバカがすることだ。破り捨てようとしたとき、ふと妹の声が脳裏によみがえった。


「どんな退屈な映画にも、『ここだけは最高だった』という瞬間があるものだよ」


 なぜいま思い出したのだろう。なんとなくだが、朝っぱらから相田のくだらない話を聞かされたせいだろう。腹立つから蹴とばしておくか


「痛ぇなっ! 東城、なにしやがる!」


『これは恋文です』封筒の裏には、ちゃんと差出人の名前があった。西塔紗季とある。


「なぁ相田、西塔紗季って、誰だ?」


「お前、知らねぇのかよ? 3組の子だろ。この学校で、一位二位を争う美少女じゃねぇか」


 おれは『これは恋文です』をにらみながら、あることに気づいた。


「まてよ。この筆跡には見覚えがある──昨日は『遺書』と書かれていた──まさかこれ、手紙型爆弾か?」


 珍しく相田が真面目な口調で言ってくる。


「なぁ、東城。お前、頭、大丈夫か?」


 手紙型爆弾かもしれないので、おれは封筒を開けてみることにした。


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