22話 転んだ。
イルカが空中に飛び上がる。そして空中にぶら下げたボールを、尾で叩いた。観客席は盛り上がり、拍手喝さい。
かくいうおれも、盛り上がっていた。観る前はとくに期待していなかったが、こうして間近でイルカショーの迫力を体感すると、すっかりとりこだ。
隣に座っていた南橋が、小声で言ってきた。
「あまり楽しめませんか?」
「……」
凄く楽しんでいるんだが。
そう見えないのかなぁ。
確かに『つまらなそうな顔をしているね』と、よく言われはするが。表情豊かでないこともまた、青春を理解できない要因なのだろうか。
さてショーが一段落し、飼育員が観客たちに声をかけてきた。イルカへのエサやりを体験したい人は挙手してねと。
「こういうのは小さい子とかが選ばれるんですよね」
そう言いながら、南橋が手を挙げている。だいたい観客の半分くらいは挙手しているようだな。倍率は高そうだ。
で、南橋が選ばれた。
「良かったな」
南橋はかたまっている。
「えっ」
「えっ、なのか?」
少しずつだが南橋志穂という人が分かってきた。自分が欲しいものを要求するのは、ダメだろう、が前提なのではないか。
恋愛相談という形でなかったら、おれに好意をもっていることを明かしはしなかっただろう。
今回も、どうせ自分は選ばれまいと思ったから、挙手したわけで。
「もしかすると、あまり小さい子は危ないから、エサやり指名するとき除外するのかもしれない。そーいう暗黙があるのかもよ」
それに南橋志穂の容姿が良いのも、選ばれた理由に含まれるのではないか。観客席の中でも、目をひいただろう。
「わたし、あまり人前に出るのは好きではないのですが」
「いいから行け」
南橋が階段式の観客席を降りていく。せっかくなので、おれはスマホで撮影してやることにした。これぞデートという感じ。
あぁ青春しているんじゃないか、おれは。
これは紗季と一緒にいたら、できない体験だったな。里沙がなぜ、紗季と別れるよう助言してきたのか。今ならよく分かる。紗季は同志にはなりえるが、恋人にはなりえないのだ。
ちなみに南橋は、プールサイドで転んだ。運動神経はさほど良くないらしい。ちゃんと撮っておいてやったからな。
★★★
実に楽しいデートだった。これが青春というものか、たぶん。
もちろん物足りない点もある。楽しかったのは、水族館のスペックが思いのほか高かったからな気もするし。南橋が特別だったのか、これでは分からない。
ここで、さらに一歩前進するべきか? 妹の助言に従って?
水族館の帰り、南橋が微笑みをうかべて言う。
「今日は楽しかったです、東城さん」
「おれもだよ。で、さ。このあとラブホに行ってエッチしよう。ところでコンドームって、ホテル内で売っているものなのかな? おれ、そーいうの知らないんだけど」
「そこの車道に飛び出してトラックで轢かれて死んでください」
「なるほど。じゃ、また月曜、学校で」
まぁ、こんなものか。
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