23話 地雷を踏んだとするカウンセリング。



「地雷を踏んだとする」


 水族館デートの夜。

 夕食後、里沙の部屋にお邪魔すると、わが妹はガリガリくんを食べながらヨガをするという、器用なことをしていた。


「はぁ?」


 というのがカウンセラー兼妹の第一声。


「つまりさ、本物の地雷だよ。踏んだら足が吹っ飛ぶ。または全身が」


「または性器が」


「なんだって?」


「兄貴の性器が吹っ飛ぶパターンもあるよ、ということ」


 まざまざと想像してしまった。


「あー、なるほど。とにかく、いま地雷を踏んだとする」


「兄貴。日本に地雷はないから。平和な国に生まれたことを感謝」


「そうだけど。たとえばの話だから。たとえば地雷を踏んだ。とたん何が起きるか? 思うに、これまでの人生を振り返るに違いない」


「スマホで110したほうがいいんじゃないの?」


「……じゃぁ110したあと、何をするか。動けない状況で、一秒後には死んでいるかもしれない。そんなとき、人は何を思うのか? これまでの人生の素晴らしかった思い出の数々だろう」


「赤ちゃんだったあたしを、はじめてだっこしたときのこととか?」


「ああ、そうだな」


「そして落とした兄貴」


 そのときの家族ビデオが、物的証拠として残っているのだ。おかげで、おれは否認できない。


「もしかして兄貴が心配しているのは、今日の水族館デートは思い出さないだろう、ということなの?」


「違う、違う。たとえばイルカショーは思い出すだろう。しかし、それは誰と行っても同じだったのではないか。いや紗季とだったら、そもそもイルカショーに行かなかっただろうから。

 ……そうだな。たとえば、お前とでも、イルカショーには行っただろう。そして思い出に残る。

 よって、今日の一幕、これは青春と言えないんじゃないか? デート相手が特別だからこそ、デートも特別になるべきだろう。それなのにデート相手がだれでも良かったかもしれないって、そんなことが許されるものか?」


 ここで呆れた溜息をつきながらも、辛抱づよく接してくれるのがカウンセラーというもの。ただの妹だったら、いまごろとっくに匙を投げているに違いない。


「まって兄貴。よく思い返してみてよ。本当にイルカショーの思い出に、南橋志穂さんは特別の形で出てこないの? 何かがあるでしょ。特別にこだわらないでも、ちょっとした瞬間が、兄貴の心に残っているはずでしょ。風化するような些末な記憶としてではなくて」


「ふむ。言われてみると──プールサイドで南橋が転んだところは、良かった」


「転んだところ……ま、まぁ思い出は人それぞれだよね」


「あと、そうだな。クラゲだ」


「クラゲ?」


「おれがクラゲに似ている──と彼女は言ってくれた」


 里沙はあぐらをかいたまま腕組みして、うーんと唸り出した。


「それ褒めているのかな。侮辱ではないと思うけど。南橋志穂という人も、けっこう変わった感性の持ち主っぽい。兄貴にはぴったりかも。西塔紗季のように病んではいないだろうし」


「するとさ、地雷を踏んだとき、今日を青春の一ページとして思い出すんだな? このおれはさ?」


「なぜ地雷にこだわるのか、兄貴の思考は謎だけど──そう思うよ。地雷を踏んだ兄貴は、きっと今日の水族館デートを思い出すよ。それは、相手が南橋志穂さんだったから。それを人は、青春の一ページという」


「やはり、おれは青春を刻んでいたのか……」


 里沙は身を乗り出して、おれの膝をぽんぽんと叩いた。ほほえましげな表情。


「とにかく兄貴にとって、ちゃんと南橋志穂さんは特別なわけ。だからね、ちゃんと関係を継続して──努力するんだよ、兄貴。

 兄貴は無意識に人を遠ざける、または傷つける天才だからね。これまでも、そうやって人間関係を壊してきて、とくに自覚もしていないし、気にもしていない。だけど今回ばかりは、大切にしなきゃダメだよ」


 この助言、ありがたく受け取ろう。

 と思ったが、まてよ。


「まった、里沙。お前、それだと前回の話と違うじゃないか。南橋をラブホに誘え、という助言は、どうした?」


 すると里沙は、ゴミでも捨てるような動作をした。


「あ、それ。取り消す。南橋志穂さんのことを、兄貴がそこまで意識しているのなら、『荒療治のための使い捨て要員』にするのはもったいないから。

 兄貴、人生とは舗装された道路を行くのとは違うのだから、時には思いがけない方向に曲がることもあるわけ。おーけー?」


「……おーけー」


 このカウンセラー、当てになるのだろうか。

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