24話 青春の呼吸。
月曜日。雨降りな週初め。
おれは南橋志穂と会えるので胸を高鳴らせて──はいなかったのが、残念に思う。
まだ南橋に恋するまではいってないようだ。ここで恋することができれば、おれはものすごく正常な高校生男子として、青春の日々を送ることができるのだろう。
そのときは紗季を見つけて、勝ち誇ってやるとしよう。
などと紗季のことを考えていたら、通学バスで遭遇した。
「よくも昨日は、わたしをまいてくれたわね」
台詞的には怒っているようだが、実際のところ紗季から怒気は感じられなかった。そういえばあのときも、車両内での様子を見たかぎり、嬉しそうだったな。
「あのあと、予定とは別の水族館に行ったんだよ」
「そこまでする必要はなかったのに。わたし、あのあとすぐ自宅に帰ったのよ」
「ああ。里沙から聞いたよ」
「里沙といえば、あの子って、独特の感性をもっているわよね。とっても気にいったわ。実の姉のように慕ってもらいたいわね」
と紗季は言うわけだが、本音なのかは分からないな。
紗季と妹が会話しているところを見たかぎり、友好関係を築いているようには見えなかったが。もしかすると紗季が他人を評するのは、相性とかではないのかも。
ところで、おれは以前、紗季と里沙は似ているところがあると思った。だがこの見方には、穴があったのだ。
里沙いわく、おれと紗季は似ているという。だがおれは里沙とは似ていないので、そこで矛盾してしまう。
または西塔紗季が、東城兄妹が有する別々の特性を、一人で所有しているのかもしれないが。
「水族館デートは楽しかった?」
「まぁね──そう、本当に良かったよ。たとえば地雷を踏んだとして──」
「人生を思い返すとき、今回の水族館デートもそこに含まれているだろうって? それほど素敵な経験だったのね」
この意志の疎通ぶり……
紗季が、おれの肩を軽くこづく。
「さ、紘一。君が会得したものを、わたしに授けるのよ」
「会得したものって、つまるところなんだろうな?」
「そうね、たとえば──青春の呼吸みたいなものを?」
「なんだそれ。全集中の呼吸みたいなものなのか?」
おれは茶化したわけだが、紗季は大いに真面目な様子でうなずくわけだ。
「たぶん、その呼吸法を知っているものだけが、青春を生きることができると思うのよ。おそらく、たいていの同年代の連中は、その呼吸を常中しているわけ。しかも訓練とかせずに、それを成し得ている。ところがわたしや君みたいな『劣等生』は、訓練しなきゃ会得できないわけ」
なるほど。相田あたりが聞いたら、アホらしいと吹き出しそうな話だな。
だがおれは、凄く納得していた。確かにそうだ。青春の呼吸的なものを、ほとんどの奴らは勝手にしている。たがら努力せずに、青春的なものを生きていて、人生を謳歌している。
ところがおれや紗季は、それができない。だから泥の中にいる。で、高校時代をこんなところで這いずり回っている。なんて無駄な労力だろう。
「で、エッチしたの?」
「なに?」
「南橋志穂さんと、エッチしたの?」
と朗らかに聞いてくるものだから、周囲の乗客たちが反応して、聞き耳をたてているではないか。
「声量を落としていただけないかね、西塔紗季さんや」
「あ、ごめんなさい」
バスから降りて、乗客の波にもまれる。気づくと、紗季とはぐれていた。
教室では待ち構えていた相田が、「おはよう」も抜きに言ってきた(そういや紗季も『おはよう』を省略していたな)。
「よう、紘一。なぁ、知っているか。ひとつの事件が起きたとするだろ? だがな主語が違うと、別の意味で面白い文章が2つできるものなんだぜ」
「朝っぱらから、なにウザいことを言っているんだ」
相田はおれの肩をぽんと叩き、にやにや笑う。
「お前が主語だと、こうなる──『東城紘一は、南橋志穂と浮気した』」
「……」
「で、西塔紗季が主語だとこうだな──『西塔紗季は、南橋志穂に東城紘一を寝取られた』」
青春の呼吸さえ会得していれば、きっと乗り切れるのだろうがね。
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