25話 わたしたちには敵がいる。
「誰が、誰から、誰を寝取ったって?」
「南橋志穂という女が、西塔紗季からお前を寝取った、という話だろ。まぁ落ち着けよ、紘一。ただの噂だって。で、どーなんだよ? 西塔と南橋、ハメ心地はどっちが好みだったんだ?」
「お前が死んでも、おれは泣かないのだろうなぁ」
おそらく、こういうことなのだろう。おれと南橋が水族館デートしているところを、この学校の誰かに目撃された。
この時点で、西塔と別れた情報は、まだ広がっていなかった。それで浮気的な噂が発生し、さらに面白おかしく変化していったのだろう。
相田のにやにや笑いが強度を増してきた。
「水族館の帰りに南橋とラブホに行って、そこで生外出ししたんだってな?」
なんだ、この生々しいフェイクニュースは? 噂話が拡散するにつれて、尾ひれがつくものだが──にしても、なにか悪意が感じられる。
この場合、誰に対しての悪意だろうか。被害者となるのは、おれ、南橋志穂、西塔紗季の誰だ?
「さすが、オレのダチだな。やるときはやると思っていたぜ」
まてまて、まてよ。相田のような思考回路だと、これは武勇伝になるのか。つまり、おれの場合、被害はゼロ? それどころかフェイクニュースに感謝感激か?
いや実際には、おれは迷惑をこうむっているわけだ。だがフェイクニュースの出所からしてみたら、そこまで考慮していなかった、ということもありえるのかもな。
「相田。その話、どこから仕入れたんだ?」
相田は知り合いの名前を口にした。思うに、そいつもまた別の誰かから聞いたのだろう。連鎖は続き、フェイクニュースの出所を辿るのを無理難題とする。
その後、休み時間におれは紗季と会った。
「寝取られたらしいな、お前」
「ああ、その話ね。紘一も聞いたのね」
憂鬱そうに答える紗季。
「お前なら、これも青春っぽいと喜ぶかと思った」
「青春? 違うわね。これは敵対行為よ。青春にはいらないもの。なぜならば、わたしたちには明確に存在していると分かってしまったから──敵なるものが」
「敵か」
ひとことに敵といっても、いろいろだよな。
今回は、たんに紗季を嫌っている女子の仕業のような気がする。なんだかんだで、西塔紗季は人気者の女子。おれに対するとき以外では、『まともな人間』を演じているようなので。
そんな紗季に嫉妬しているが、面とむかっては嫌味のひとつも言えない。だからフェイクニュースを拡散させるような、匿名性のある攻撃をしてきた。この程度の相手ならば、とくに『敵』と言い出すほどのこともあるまい。
「やはり紗季も、今回の噂には悪意があると思っているわけか」
「君と南橋さんがラブホに行った──というフェイク部分には、悪意があるわよ」
しかも外出しで。なんでそこまで噂の発信源は知っているんだよ。その時点で、フェイクニュースと気づいていいようなものを。
「厄介なのが、水族館デートの点は、本当ということよね。最高のフェイクニュースって、一部が真実であることだものね。
ところで、なぜこの『敵』は、君と南橋さんの水族館デートを知っているのかしら」
「偶然、見かけたとか」
水族館に、見知った顔はいただろうか? うーむ。同年代のカップルが多いなぁ、と思いはしたが。とくに学校で見かけた顔はなかったが。
「こんなの無視しとけばいいんじゃないか。この手のは相手すると、逆に喜ばれるぞ」
「いいえ。無視するのは得策ではないわね。わたしの青春に邪魔な者は、排除しないと」
完全犯罪でも練るように難しい顔をして、紗季は背を向けて歩いて行った。
ところで志穂は、どうしているかな。
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