26話 南橋さん拗ねる。


「外出しされてしまいました」


 と、しょんぼりして言う南橋志穂。


 紗季と別れたあと、おれは志穂のクラスを目指した。ただ渦中の二人(ということなのだろう)が、教室とかで会うのは難易度が高いかもしれない。


 そこでLINEで連絡して、図書室は地理学コーナーで会うことにした。わざわざ地理学コーナーを選ばなくても、とは自分でも思ったが。本当に、ここには人がいないからなぁ。


 とにかく志穂の第一声が、今の。


「それはすまなかったね」


「ところで、どこに出したのですか? 口ですか?」


「童貞に聞くでない」


 とにかく志穂が、変な噂がたっても気に病んでいないようで、良かった。どちらかというと、紗季よりも気にしていない様子だな。


「西塔さんがどうかされましたか?」


「いま紗季のことを口にしたっけ?」


「顔に出ていましたよ」


 どちらかというと自分は無表情タイプだと思っていたが。そんなたすやく顔に出ていたのか。


「紗季は、今回の噂を気にしている。敵からの攻撃だとかなんとか。おれは大袈裟だと思うがね」


「西塔さんが、やはり」


 志穂にとっては意外どころか、思っていたとおりの反応だったらしい。おかしいな。おれよりも西塔紗季を理解しているようではないか。


「水族館に、誰か知っている奴はいたか?」


「水族館にですか? 何人か同級生を見かけましたね。わたしがデート中と分かって、気をつかってくれたのか、話しかけてはこなかったですけど」


「へえ、いたのか」


 南橋とはクラスも違うのだし、おれが気づかなかったのも無理はない話だ。というか、同じクラスの奴でも、いたとして気づけていたか微妙ではあるが。


「ですが、彼らが噂を意図的に発信したとは思えませんよ。それに一人の犯人が、明確な悪意をもって流したとは限りませんし。さまざまな人の手を渡っていく中で、少しずつ付け足されていったのかも。それに、そこまで悪意のあるフェイク内容でしょうか? 外出しですし」


 最後の『外出しですし』の部分は、いまいち理解できなかったが。

 ところで、おれはもっと違うことが尋ねたかったように思う。


「それで、おれたちはこれからどうするんだ?」


 そう、そう。これだ。この問いかけだ。問うておいてから、気づいた。

 志穂は小首をかしげて、おれを下から見上げた。


「東城さんは、どうしたいのですか?」


 そう、そう。そこが分からないので、おれは彼女に問いかけたわけだな。


「そっちが、どうしたいかによる」


「わたしが、もうデートするのは止めようと言ったら、東城さんはそれを受け入れるのですね?」


「まぁ、そうなるなぁ」


 一瞬、志穂は拗ねたような表情をした、ような。


「では、もうデートするのはやめましょう」


「オーケー」


 次の授業が始まりそうだったので、志穂と足早に図書室を出る。廊下の途中で別れて、おれは自分の教室に向かった。自分の椅子に腰かけて、相田の背中を見やる。腹が立ったので、その肩甲骨あたりを殴った。


「痛ぇ! なにすんだよ、東城」


「おれはデートがしたかったんじゃぁないのか?」


「はぁ? オレとデートしてぇのか?」


「お前の頭は沸いているのか。本気で殺意を抱いてきたぞ。授業が始まるんだから、前を向いてろ。そこの窓から落とすぞ」


「不条理だ……」


 まさしく不条理だ。南橋志穂は、またデートしたいと言うべきだったのに。その正反対なことを言ってきた。何をどこでどう間違えたのか。


 昼食の時間。

 学食でひとり悶々としていたら、いつのまにか向かいの席に紗季が座っていた。両手の指先をあわせて、尖塔をつくっている。


「北門薫」


「誰だ、そいつは」


「わたしたちの敵よ、紘一。ところで、けわしい顔をしてどうしたの? こしょう、いれすぎたとか?」


「こしょう? おお、確かに」


 昼飯のチャーシュー麺にこしょうを振りかけすぎていた。辛そうだ。今日一日を総括しているようじゃないか。腹が立つ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る