27話 相談者α。
紗季が可愛らしくくしゃみした
「こしょうのせいかな。お大事に」
「ありがと。こしょうでくしゃみが出やすいのは、こしょうに含まれているピペリンという辛み成分のせいらしいわよ」
「あそう」
「そんなことよりも──!」
紗季がいきなり身を乗り出してくるので、おれは箸を落としかけた。あらためて箸をもちなおして、麺をすする。
「分かっているの、紘一。わたし達の敵というものが明瞭判然となったことが」
「お前の敵であって、おれの敵ではないからな。それに、最も被害を受けたであろう南橋志穂は、とくに気にしていないようだし」
おれの反応が不満だったようで、紗季はあからさまに態度にあらわした。腕組みして、こちらをにらんでくる。
「ところで紗季、昼飯は?」
「……とってくる」
紗季が席をたったのと入れ違うようにして、そこの椅子に男子生徒が座った。前髪が長すぎるなぁ、くらいが特徴の。さて、彼とは知り合いだっただろうか。まさか同じクラスということはないだろうが。いやまてよ、もしや斜め後ろの席の──
「やあ、牛山くん」
「牛山って?」
あ、別人か。
「牛山という知り合いに似ていたんだよ。ははぁ、なるほど。北門くん、不意打ちとはやるじゃないか」
北門薫が誰か知らないが、このタイミングで登場してきたのならば、一目おいてやる。
「北門という人でもないんだけど」
くそ、二連続で外したか。
「ならば、あんたは誰だ」
「ぼくは堂上、よろしく」
「堂上くん、そこはおれの元カノの席だ。よって退いてくれ」
「あ、ごめんっ!」
慌てて立ち上がった堂上は、テーブルをまわってきて、おれの隣の席に腰かけてきた。いや、もっと遠くまで退いていって欲しかったんだが。
ぬるくなった水を飲んでから、おれは堂上と向き合った。
「おれの昼飯を邪魔するだけの用事なんだろうね?」
「頼みたいことがあって」
「頼みたいこと? いつから、おれが『困った人を無条件で助ける善良で優しい』東城紘一くんになったんだ?」
すると堂上は、心から意外そうだという顔で言うわけだ。
「だって東城くんは──恋愛相談をしているじゃぁないか」
遠い昔に仕掛けた罠に、いまさらはまったような気分だ。
なるほど。確かに紗季は、恋愛相談の窓口に、おれも入れていた。
だがまさか、実際にこのおれに相談を持ち掛けようという輩がいるとは。自分でいうのもなんだが、おれはフレンドリーなタイプではない。電器店の店員をしていても、客が声をかけてこないタイプ。
ふむ、すぐにクビになりそうだな。
「恋愛相談は、いま閉店中なんだよ。悪いね」
お盆にチャーハンセットをのせた紗季が戻ってきた。興味のなさそうな視線を堂上に投げてから、さっきと同じ席につく。
「そちら友達?」
「いや。いま帰るところ。だよな、堂上?」
このとき、堂上が何を考えたのか知らないが──おそらく、こんなところだろう。攻めるならば東の城ではなく、西の塔。というわけで、紗季のほうへと身を乗り出す。
「はじめまして、ぼくは堂上。ぜひ、君たちに恋愛相談したいんだ」
紗季が即答しなかったのは、北門のことがあったからだろう。いまは紗季いわく『敵』を排除することに全力を注ぎたい。だがせっかくの恋愛相談、断るのはもったいない。
なぜならば、そこには青春があるからだ。紗季が会得したい、青春の呼吸が。
だから結局、紗季はこう答えた。
「喜んで」
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