18話 南橋志穂は難敵だ。


 気まずい空気が流れる。

 これも青春かもしれない。青春とは、青春とは、青春とは……


 それで、てっちゃんのことを思い出した。

 中学生のころの友達。せっかくだからと記念受験した高校が受かってしまい、結局、そこに入学することになったわが友。

 おれは他人事なので、心から祝福した(本当、どうでもいいことを心から祝福するって、無条件で楽だからいいよね)。


 するとてっちゃんは、泣きそうな顔で訴えたものだ。

 どう考えてもマグレで受かったんだし、あんな学力の高いところに行っても、授業についていけるはずがない、落ちこぼれになりにいくようなものだ──と。


 おれは「てっちゃんなら大丈夫だよ、元気だせよ」と励ましながらも、内心では「知るか」と思っていたものだが。てっちゃん、いまごろ楽しく落ちこぼれているかなぁ。


 ああ、そうか。南橋志穂、お前にとっては、記念受験だったのか。

 記念受験は『落ちる』前提で行うものだ。『落ちる』からこそ勇気をだし、せっかくだから行うのだ。それが受かってしまうと、迷惑。


 おれには西塔紗季という恋人がいる。だから恋愛相談で『東城紘一くんが好き』と言っても、そこから何かが発展することはない。恋は実らず、気持ちに区切りをつけることができる。


 だが言わせてもらうがね、南橋志穂。記念受験されるほうが、もっとクソ迷惑だからな。


 そして記念受験という恋愛相談をした以上、南橋志穂、お前には責任が発生する。受かったからには、受かった責任というものが。

 分かるか、南橋志穂。恋愛相談だけして、気持ちに区切りもつけられて、ハッピーで逃げられると思ったら、大間違いだ。


「とりあえず、こんどの休日、どこかに遊びにいかないか?」


 南橋志穂が乗り気でないのなら、ここで告白しても、断られるだろう。

 たしかに断るエネルギーは大層なものだ。だが、だからといってラクな道を選んで告白を受ける、という選択を南橋はとりそうにない。

 なら、まずはデートを重ねて、外堀を埋める。逃げ道をふさいだところで、告白するとしよう。


 ひとまず決断を迫られず、明らかにホッとした様子で、南橋志穂はうなずいた。


「ぜひ」


「……」


「……あの?」


「水族館」


「はい?」


「水族館に行こうと思うんだが。こんどの日曜日? 予定はないかな?」


「大丈夫です」


「良かった」


 連絡先を交換してから、ひとまず終了。と思いきや、南橋志穂が両手をあわせるようにして、嬉しそうにほほ笑むわけだ。


「わたし、あの、嬉しいです。東城さんに、こうして誘ってもらって」


『えっ』をなかったことにするつもりか。


 なるほど、これが大人の対応。


 または、おれが被害妄想すぎるのだろうか。先ほどの『えっ』にも、そんなに深い意図はなかったのかも。

 もしくは、突然のことで、単純に驚いただけなのかもしれない。おれも昔、祖母の家でネズミを見たときは、単純に驚いて固まったものだし。あれと同じか?


 または──または南橋志穂は、おれなんかより数段、コミュニケーション能力が高いのかもしれない。だとすると、これは難敵。

 難敵だぞ。


 南橋志穂と別れたあと、再度、西塔紗季と会った。

 彼女は言うわけだ。


「首尾は?」


 ワクワクした様子だな。


 コイツにいちいち報告する必要ってあるのか? 

 だが共犯関係にあるのは事実。ならば情報は共有し、時には助言を受けよう。


「彼女をデートに誘った。まだ付き合うという話には、なっていない。おれは志穂さんを、恋人にするよ、絶対に」


 意外そうな表情で、紗季が確かめてきた。


「えーと。紘一は、南橋さんに本気で惚れたの?」


「なに? 違う。これは惚れたとか、そういう次元の話じゃないんだ。真っ向からの勝負だ。南橋志穂は、難敵だぞ」


「君は本当に、どうしようもないわ」


 と言う紗季は、どことなく安心しているようだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る