第9話 お前の人生は、いつバスに頭部を潰されるか分からないものなのだぞ。


「兄貴さ、お手本を見つけたら?」


「お手本って、誰のことだ? まさかお前じゃないだろうな」


「あたしはお手本というよりも、教え導く先生タイプ」


 と胸をはる里沙。妹が発している自信と誇らしさには、目が眩む。

 同時に、3歳も年下の妹に人生相談しているのが、改めて恥ずかしく感じられてきた。なんだかなぁ。


「ない胸をはるな」


「成長していないだけだから」


 貧乳である点をつつかれても、動じないわが妹。可愛げさえない。


「本題に戻れよ」


「兄貴が脱線させたんでしょ」


「お手本というと、なんのだ?」


「つまり、兄貴と真逆の人。青春を謳歌している人」


「あれか。俗にいうリア充という奴か?」


 しかしリア充というのは、何をもっていうのだろうな。定義的には、リアルが充実している人、のことらしいが。


 だが人生とは一寸先が闇。どんなに充実した人生を送ろうとも、明日にはバスに轢かれて頭部が潰れるかもしれない。

 それなのに、なぜ『私の人生は充実している』と言い切れるのだろうか。


 おれは言ってやりたいね。お前の人生は、いつバスに頭部を潰されるか分からないものなのだぞ、と。

 そして、それはおれにも言えることなのだ。

 まぁおれの場合は、『私の人生は充実している』とは、拷問されても言えないわけだが。


 ところで、里沙が首を横に振っている。リア充とは、違うらしい。


「兄貴。リア充と青春を謳歌している者は、似て非なるものだよ。大量殺人者と連続殺人者が、違うように」


「ほう」


 ちなみに里沙いわく、大量殺人とは『一か所でたくさん殺してやったぜ✌』であり、連続殺人者とは『冷却期間をおいてコツコツ殺してやったぜ✌』らしい。

 勉強になったが、学校の試験には出ない。


「よって兄貴と、兄貴の恋人の西塔さんが探すべきは──」


 ★★★


 翌日。さっそく西塔に、わが妹のありがたい教えを伝えてやる。

 

「恋に恋している痛々しい奴──をお手本にするといいらしいぞ。うちのカウンセラーがそう言っていた」


 ありがたい教えを受けているわりに、ソシャゲを平行している西塔の反応は悪かった。


「ふーん。ところで、痛々しいというのは、どういう状態?」


「そこはおれが付け加えた。思うに青春にまっしぐらな奴というのは、痛々しい」


 うんうんとうなずいてから、ハッとした様子で西塔が顔を上げる。


「そういうのが良くないのよ、東城くん。じゃなくて、紘一くん──」


 里沙の指摘は正しいのかも。おれと西塔は似た者同士なので、その思考を読み取るのも容易いのかも。


 まず西塔の『そういうのが良くない』というのは、おれが青春を軽んじた発言をしたことについてだろう。

 青春にまっしぐらな状態を『痛々しい』と表現した時点で、ある意味では、青春の敗者といえるわけだ。


 たとえば──たとえば、なんだろう。

 そう、たとえばメイド喫茶。行ったこともないし、行きたいとも思わないが。仮に入店したならば、全身全霊で楽しまなければならないのだ。

 なぜコスプレしている女店員がいるだけで、メニューがこんなに割高になるんだ舐めているのか、とか考える奴はダメなんだ。そこで恥を恥とも思わず楽しめる奴こそが、人生の勝者。


 あと西塔がおれのことを『したの名前』で呼び直したのは、カップルがいつまで苗字呼びしているのだろう、という意志表示。


「お前がおれのことを『紘一』と呼ぶのは勝手だが、それでおれが『紗季』と呼ぶと思ったら、大間違いだぞ」


 すると西塔は不服そうに言う。


「とりあえず、君は性格が悪いと思うのよね。そこはさ、付き合ってあげるものでしょ。恋人のわたしが、君のことを『したの名前』で呼んであげたのだから」


 性格が悪い、とまで言われると、さすがに傷つく。少しだけ。


「……じゃぁ、紗季。話を本題に戻すとだな」


「ところで、紘一がさっき言った『カウンセラー』って、誰のこと? 本物じゃないよね? 身内でしょ? さては、お姉さん?」


「中二の妹」

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