15話 たとえ崖だとしても?
わがカウンセラー兼妹は、大胆なことを言うものだ。
「そうなのか?」
里沙は大きくうなずいた。
「それがいいよ。悪いことはいわないから。沈む船からは逃げないと」
「紗季のことを『沈む船』よばわりはどうかと思うね。つまり、その……彼女は沈まない船かもしれない」
「兄貴が、他人のことをかばうなんて。かばい馴れていないから、下手くそだけれども。兄貴も、人間として少しは成長しているんだね」
そして涙ぐむ──真似をする里沙。
まてよ。里沙は、おれがどういう反応するか読んでいたのではあるまいか?
だとしたら、妹の手のひらの上で踊らされている兄貴の図。
「あ、それとね兄貴。南橋志穂さんだっけ? 彼女のことは──」
※※※
ストックせよ、というのがカウンセラー兼妹からの助言だった。
なんという悪魔のような助言。それは南橋志穂に失礼だし、わが人間性を貶める、愚劣であり──そう、ゲスがするような行為だ。
おれは断固として抗議──したいところだった、が。
確かにストックしておくのは、ラクで良い。ラクなのは、素晴らしいことだ。そこで、助言を受け入れることにした。
ストックといっても、ようはこちらから断らないだけのこと。向こうから告白してきたら、そのときはちゃんと断る。しかし、向こうが何もアクションを起こしてこないのならば、こちらも放置しておく。
そういう意味での、ストック。
正しき心をもった男ならば、こんなやり方は受け入れないのだろうなぁ。それとも、たいていの男はこんなものか。それをいうならば、女だって。人間というものは──
などと、次の朝、歯磨きしながらボーと考えていたら、いつもの電車に乗り遅れた。おれは常に、ギリギリの計画をたてている。電車一本乗れなかったら、学校も遅刻するわけだ。
朝のホームルーム中の、生徒のいない静かな廊下を進む。どうせ遅刻にかわりないと思うと、自然と足取りものんびりするものだ。
そして教室へ。
ドラえもんの漫画だと、昔は遅刻すると廊下に立たされていたらしい。現代はすっかり軟弱になって、担任教師から「次は気をつけろよ」と注意されるだけで済む。まぁ内申書には響くがね。
朝のホームルームが終わったとき、ある衝動を感じた。南橋志穂をひと目、見ようと。
恋されている(らしい)のに、相手の容姿が記憶にないのは失礼だろう。礼儀の問題だ──というのは嘘で、ただの好奇心。
しかし廊下に出たところで、紗季に捕獲された。おれを呼びに、教室まで来たところらしい。
「おはよう」の挨拶もなく、紗季は開口一番に言うわけだ。
「紘一、聞いて。わたしたちには、目標が必要だと思うのよね。こう、盛り上がるような目標が。テンションがあがり、青春を生きている、という目標が」
「ひとまず異論はない」
「同じところをグルグル回っているだけでは、わたしたちは進歩しないわ」
「ふむふむ」
「前へと進まないと」
「ああ、その通りだ」
前へ、前へと進むため。
「だからね、わたしたち、別れるべきだと思うのよ」
たとえ進んだ先が、崖っぷちだとしても。
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