16話 青春街道は血みどろ。


 はじまりがあるものには、終わりがある。


 人は死ぬし、課金しまくったソシャゲもいつかは終了するし、地球だって最期には巨大化した太陽に飲み込まれて消えるのだ。


 だから、成り行きで生じたカップルが終わりを迎えることなど、当たり前。問題は、その終わらせかただ。


「まてまてまてまて。なんで、おれが捨てられるんだ」


 紗季はきょとんとした顔で、おれを見返す。


「何か問題でもあるの? もしかしてカップルしているうちに、わたしに本気で惚れたとか?」


 分からない奴だな。惚れたとかいう話ではない。これは道義の問題。というか、たんにおれが癪にさわるという話。


「違う。いや、そうじゃなくて──少なくとも、お前がおれを捨てるというのは、正しくないだろ。そっちが、カップルになろうと言ってきたんだ。青春のために。だというのに、勝手にカップルをやめるというのは──契約不履行だ」


「契約不履行。その単語は軽々しく言うものではないわよ」


「こうしよう。おれがお前を捨てる。それで、すべては解決」


 こんなに問題を解決するのは、容易いのだった。ところが今度は、紗季が不満そうに言ってくる。


「はい、まってまって。すでにわたしが、カップル解消を切り出したのよ。やり直しはできません」


 なんという身勝手な女だ。実に捨てたい。燃えるゴミに出したい。


「なるほど。お前が先手をうって、包丁を突き刺してきたのかもしれない。だがしかし、おれの急所は外れたのだ。ゆえにおれは隠し持っていたナイフで、お前の頸動脈を切断する」


 その場面をじっくりと想像したらくし、紗季の顔色がいくぶん悪くなる。同時に微笑む。


「いつから、そんな血みどろの物語になっていたの? あ、でもまって──破局をむかえるさいの、このどろどろ感は──青春という感じ、がしないでもないわ」


 最近思うのだが、青春というものは体験者にとっては過去形なのではないだろうか。

 つまり、『あのとき我々は青春をしていた』とはいえるが、『いまこのとき現在進行形で青春している』とはいえないのでは。

 というより、『いま青春している』と考えた時点で、その青春の純度というものが濁るのではないか。

『いま幸せ』と思ったとき、幸せは過ぎさっている。それと同じ。


「なんでも青春になるのなら、デスゲームに参加しても、青春なんだろうなぁお前は」


「わたしたち、デスゲームに参加したら、速攻で死ぬタイプだと思うのよね。というのも、あれって社会性の低い人から死ぬ傾向があるじゃない? 少なくとも、最後まで生き残るのは、社会性の高い主人公だけよ」


「いや、まてまて。おれたちの社会性は、別に低くはないだろ。表面的な付き合いをする分には、得意なはずだ。薄っぺらな関係性を作ることにはたけている。実際、薄っぺらな友達なら、かなりいるからな。

 これすなわち、社会性が高いともいえる。よっておれたちは、ある程度までは生き残る。そして、やっぱり死ぬ」


「わたしたち、なんの話をしていたのだっけ?」


「おれがお前を捨てる話」


 紗季が降参だというように、両手を上げた。


「分かったわ。カップル解消は、延期しましょう。そこまで君が、わたしとカップルを維持したいというのなら。あと、わたしを捨てることは許されないわよ。それは契約不履行にあたるから。そこのところは、よろしくね」


「納得感が薄い落としどころだな。ところで、いきなりカップルをやめたかったのは、どうしてなんだ? まさか、本気で好きな異性が見つかったとか?」


 だとしたら、紗季は青春へ一歩前進しことになる。コイツに先をこされるのは、嫌な気持ちだ。


 おれが固唾をのんで見守っていると、紗季がおかしなことをしてきた。


 その両手で、おれの右手をつつんできたのだ。なめらかで、つめたい感触。


 いくら恋していないとはいえ、さすがに異性に手を握られるとドキっとはする。ましてや、西塔紗季は美少女とほまれ高いのだから。


 ドキドキと──まてよ。これこそ青春か。

 いや、ただの性欲な気もする。

 または自己防衛本能? 確かに紗季が、本物の武器を隠しもっている可能性もゼロではない。かつては槍で動物を狩っていたころの本能が、警戒しているだけかも。


「君が、南橋志穂さんと付き合うのよ。そのためカップルを解消しようと思ったわけ」


「……はぁ?」


「そして、わたしに青春を伝えてほしいの。紘一は触媒になるのよ」


 そう語る紗季の瞳は、きらきらと輝いていた。希望に満ちて。

 末期だなぁ。


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