14話 堕落。


 あくびしながら、おれは素朴なことを言ってみた。


「ここの女性店員、スカートが短いと思わないか?」


 紗季はあくびをかみ殺して(あくびは伝染する)から、ゆったりと視線を移動させた。近くを通った女性店員のスカートを見やって、


「そう? 普通でしょ。なに紘一、発情しているの? ダメよ。カノジョと一緒にいるときに、他の女の子の太ももをみて欲情したりしちゃ」


 二股というのも、あんがい青春ぽいのかもな。そのうち、この関係に飽きた紗季が、『お互いに二股してみましょう』とか提案してきそうだ。


「南橋志穂さんには、おれから話すよ。『君の気持ちには答えられない。おれは西塔紗季を愛しているから』と」


 ついに紗季はあくびしてから、くすくすと笑った。


「素敵だわ」


 気づいたら、おれはこう言っていた。


「お前といると、なんだか居心地がいいなぁ」


 同類といると、心がなごむのかもしれない。決して、恋心には発展しないこの感情に、名前をつけよう。堕落と。


「わたしたちはお似合いよね」


 ※※※


 リビングのソファでは、妹があぐらをかいて、タブレットで映画を見ていた。『Mr.ノーバディ』。


 こっちは冷蔵庫をあけて、冷えた麦茶をコップにそそぐ。それから妹を見直したら、目があった。


「なぁ里沙、ひとつ聞いていいか?」


「立ったまま話さないでよ。そこに座って」


 里沙が指さしたお隣に座って、麦茶をひとくち。


「告白されていない相手を振るためには、どう切り出したらいいんだろうな。いやまて。その相手が、おれのことを好きなのは、確かなんだ。たぶん」


「どういう事情なの? ぜんぶ話して」


 そもそも、妹に相談しているのは、どういうわけだろう。だが相談する相手が、他にいない。紗季は、おれと思考が似すぎ。相田は戦力外。

 相田以外の知りあいは、そもそも相談するほど親しくもない。たまにカラオケに行く程度の、緩いグループの連中に、繊細なことを相談してたまるか。


 となると、消去法で里沙となる。わがカウンセラー。そのカウンセラーがすべてを話せというのだから、拒否はできない。


 ここまでの経緯を聞き終えた里沙は、ようやく動画を停止した。


「兄貴がするべきことはね。西塔紗季と別れて、南橋志穂という人と付き合うこと」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る