13話 〝自分のことばかり考えていると、なぜか人助けしてしまう〟現象。



「ダメでしょ」


 すがすがしいまでに、速攻で却下された。

 この恋愛相談とは、表向きは共同事業なのだから、もう少し考えてくれても良いのに。


「なぜだ?」


 紗季が注文したアイスココアがきたので、ひとまず中断。

 それから、おもむろに話し出した。


「たとえばね。たとえば手術を受けるとき、どっちの医師の説明を聞きたい? 『あなたは必ず助かりますよ』というのと、『私も最善はつくしますが、何事にも絶対はないし、難しい手術だし、医療事故だってあるので、あなたは助からないかもしれませんよ』と」


「まぁ前者かな」


「だけれど、正直者は後者だわ。何事にも絶対はないわけだし」


「まぁな。それを承知でも、やはり『あなたは必ず助かる』と、医師には言ってもらいたいものだ。麻酔のとき、『おれはまた目覚めることができる』と思って、眠りにつきたいものだ」


「まさしく、それよ。恋愛相談に必要なのも、それ。真実はいらないの。確かに、君は人間として欠陥があって、恋人にするには最低の部類だけれども」


「ありがとう」


「そんな真実を、南橋さんに伝える必要はないの」


 ふいに物事が明るく見えるときがある。遠くのほうまで見渡せて、これで一件落着だ、と確信できる瞬間が。

 で、いまそれがきた。


「よし。おれが、南橋志穂さんと付き合おう。恋愛相談として、これほどの解決はないだろう」


「君、わたしと付き合っているわよね」


「別れよう」


「却下」


「シンプルな解決策を提案したのに、それを却下するというのなら、まぁご自由に。にしても、こちらの南橋志穂さん。なかなか面の皮が厚い。いちおう、君はおれの恋人なわけだし、それは周囲も知っている。だというのに、おれが好きだということを、君に話したというわけだろ。いや、まてよ。これは神経が図太いだけではなく、ある意味では、狡猾なのか? 悪女なのか?」


「違うの。きっとこれこそが、青春なのよ」


 この女、武装強盗とかにも『これが青春なのよ』と言い出しそう。


「わからない? この南橋志穂さんの、複雑な女心が? というより、乙女心が? わからないの? わかってあげなさいよ」


「……紗季。お前もわかってないんじゃないか?」


「うーん。言語化はできるのよね。密室トリックを語るように。南橋志穂さんとしては、おそらく君への思いを諦めたいわけね。だから、あえてわたしたちに恋愛相談することで、終わりにしたい。

 それなら恋愛相談なんてせず、直接、君に告白すればいいのに、と思うかもしれない。けど恋人がいる人に、告白するというのは、少し違う気がすると。つまり、義理を通した上で、気持ちを吹っ切りたいわけね」


 凄い。南橋志穂の気持ちを、完全に読み取っている。いや、もちろん本人に答え合わせしたわけではないので、いい加減な内容かもしれないが。


 だが正しいかどうかは、このさい問題ではない。紗季に、ここまで共感能力があったなんて。敗北した気分だ。お前は、おれと同類じゃなかったのか。


「にしても南橋志穂さんは、なぜおれのことを好きになってくれたのだろうか」


「以前、君が痴漢から助けてくれたらしいわよ」


 少々ガッカリした。

 もしかすると南橋志穂には、おれという男の中に、恋するに値する何かが見えているのではないか、と期待していたのだが。つまり、人として誇れる何かが。


「そんなことで、いちいち惚れなくてもいいのにな。このまえ、酔っ払いが財布を落としたから拾ってやった。だからといって、あの酔っ払いは、おれに惚れたりはしなかったぞ」


「まぁ、そこはほら──青春なのよ。誰でもいいから、恋したい年頃なの。そんなとき、君が颯爽と現れた」


「颯爽とねぇ。だいたい、おれが痴漢されている彼女を助けたのは、あとあと『痴漢されていると気づいていたのに見て見ぬふりしていたなんて』と逆恨みされるのが嫌だったからだ」


「あー、なるほど。紘一らしい、動機。これを〝自分のことばかり考えていると、なぜか人助けしてしまう〟現象と呼びましょう」


 テーブルの手元のところに、鉛筆で薄っすらと落書きがされていた。前の客が書いたもので、机を拭きにきた店員も気づかず、残っていたのものだろう。『地獄は近い』と書かれてある。


 アイスコーヒーのお代わりを注文した。


「少なくとも南橋志穂さんは、青春を生きている。おれたちより上等な人間だ」


「異議なしね」


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