12話『あなたは男を見る目がない』。


 たとえSNSがない時代でも、学校という閉鎖空間では、噂の広まりは早かっただろう。

 ではSNS全盛の現代では? 言うまでもない。その速度は、光。


 いずれにせよ、地理学コーナーに、またひとつ伝説を作ってしまった。

 思うに、地理学コーナーの伝説というものは、はじめはフェイクニュースだったのでは? 

 だいたい、どれだけ発情したカップルだって、学校の図書室でヤッたりはしないだろう。いや、それが興奮するのかもしれないが。


「うーむ」


 放課後。

 紗季と落ち合うことになっているカフェで、おれはそう考え込んでいた。

 何も、こんなくだらないことを考えなくてもいいのに。だからといって、地球温暖化について考える気にもなれない。

 ははぁ、そういうわけか。誰もが、自分の人生の些末なことばかりに気を取られている。どうりで地球温暖化は止まらないわけだね。


 気づくと、紗季がテーブルをはさんだ前の席に座っていた。


「さっきから、なにを考えこんでいるの?」


『君のことを考えていた』と言ってみようか。

 なんか爆笑されるだけな気がする。そこで正直に言ってみた。


「地理学コーナーで、本当にセックスした生徒はいたのだろうか? というようなことを考えていた。あと地球温暖化って、大変なんだろうなぁと」


 紗季はあくびをかみ殺してから、のんびりと言う。


「海が嫌いなら、山が嫌いなら、街が嫌いなら……」


 ある種の警戒心をこめて、おれは紗季を見やった。

 彼女は、時たま意味不明なことを言うが、きっと狙いがあるのだろう。その狙いを見抜けない限り、西塔紗季を打ち負かすことはできない。


「ところで、悪かったな。地理学コーナーのわれわれの噂を肯定するようなことをして。相田和毅という友人──のようなものに話したとたん、ぱっと拡散してしまった」


 厳密には、その前から噂は広まっていたわけだ。だから相田が真偽を問いただしてきた。とはいえ、ただの噂から、カップルの片割れが認めた事実として、より強固なものとなって再拡散してしまったわけだが。


 で、紗季はただひとこと。


「でかしたわ」


「でかしたのか?」


「これって、青春ぽくない?」


 語尾が『?』なのが、答えでは。よりいっそう迷走しているんじゃなかろうか。だがしかし、おれにも青春の何たるかは分からないので、どう返答したらいいか困る。

 まず紗季にとっての青春の定義を、改めて確認してみよう。


「たとえば──たとえば甲子園を目指すことは、青春だよな?」


 店員に注文してから、紗季は小首を傾げる。


「青春というより、部活収容所の強制労働でしょう」


「なるほど、なるほど。よく分からないが、なるほど」


 アイスコーヒーを飲みながら、おれは紗季を観察した。何か嬉しい報告があるようだ。それを聞いて欲しがっている。面白い。主導権を握りたい性格のくせに、たまにこういうことをしてくる。


「何か、いいことがあったのか?」


「きたわ」


 来た。何が来たのか。


「ゴドーが?」


「恋愛相談が」


「あー」


 忘れてた。どうせ来ないだろうと高をくくっていたので。

 しかし、これは考えが浅はかだった。『東城紘一』はともかく『西塔紗季』は学年一の美少女(という声が高い)。ならばファンも多く、恋愛相談にのってほしいというバカ──ではなく、健気な生徒もいるのだろう。


「恋愛相談を送ってきた勇気ある人は、どこの誰だ?」


 相田あたりが、冷やかしで送ってきたとかならいいのに。それならテキトーに返せる。厄介なのは、真面目に相談してきた生徒。こちらの解答次第によって、その女子(または男子)の恋愛の成否がかかわってくる。なんという責任重大。


 線路に人が落ちたら、助けにいくべきかどうか。自分の命は大事だが、見殺しにした場合、50年先まで後味の悪さが残るかもしれない。もちろん、あと50年も生きるつもりなのか? という脳内の声も聞こえてくるわけだが。


「4組の南橋志穂という子。知っているわよね紘一?」


「なぜ、おれが知っていなきゃならない」


「だって、彼女は君が好きらしいから」


 アイスコーヒーを飲み干してから、おれは思ったところを口にした。


「恋愛相談の答えは、『あなたは男を見る目がない』」







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