11話 地理学コーナーの陥穽。
冷静になってみよう。
学校内SNSの不人気さを考えれば、こんな恋愛相談に釣られる生徒もいないのではないか。相談者が来なければ、おれが頭を悩ます必要もない。
ここは紗季に協力する姿勢だけ見せておくか。これがカップルとして、正しい姿。恋人の目論見を支える。表向きだけでも。内心では、『うまくいきっこないだろ』と舌を出していても。
おや。おれも彼氏LEVELが上がってきたんじゃないかね。Lv21くらいはいっているな。
紗季と別れて、教室に戻る。
しばらくは平穏に過ぎていったわけだが。
昼休み。
前の席の間抜け──ではなく、大親友の相田和毅が、おれの両肩をつかんできて、やたら顔を近づけてくる。
おい。まさかキスしてくるんじゃないだろうな。真剣に殺すぞ。まぁ、女好きの相田にそんな心配をするのもバカだった。
とにかく顔を近づけて、相田は低い声で早口に言う。
「聞いたぜ、休み時間、地理学コーナーにいたそうじゃねぇか。西塔紗季と」
図書室で、紗季と密会していたことが発覚したのか。
だから、どうした?
いや、まて。相田は図書室ではなく、『地理学コーナー』と言った。地理学コーナーを強調してきた理由とは。
面倒なことになったのかも。実にどうでもいいことでもある。
「いたような、いなかったような」
「どっちなんだよ?」
「知っているか、相田。量子の状態とは、不確定的であり、別のいいかたをすれば確率的。すべての事象は、重なり合っている。誰かが観測することによって、はじめて事象が収束して結果が定まるわけだ。よって、おれと西塔紗季も、地理学コーナーにいたともいえるし、いなかったともいえる」
相田がウンザリした様子で言い返してきた。
「あのな。オレはマジで聞いているわけだぜ、シュレーディンガーの東城紘一くんよ。図書室の地理学コーナーといえば、隠れてエッチする場所。言うなりゃぁ、我が校のラブホスポットⅡじゃねぇか」
ちなみにラブホスポットⅠは、保健室らしい。大丈夫か、この高校は。これでも進学校だと知ったら、神は腰を抜かすだろうな。
ところで、おれはいま痴漢容疑をかけられた人のようなものだ。もちろん冤罪。しかし、冤罪を証明することは不可能に近い。それこそ、『痴漢の発生した車両には乗っていませんでした』くらいのアリバイがなければ。
残念ながら、おれは紗季とともに地理学コーナーにいた。噂が広まったということは目撃者がいたのだろうから、嘘をついて否定するのは得策ではない。
では肯定したうえで、単に密会していただけで、性行為をしていないと主張したらどうか。もちろん主張するのは勝手だが、誰も信じまい。少なくとも相田は信じまい。コイツの頭の中は、女子とエッチすることで満ち溢れているからな。
地理学コーナーでカップルがこっそりあっていて、結合しないはずがないと。
それは誰もいない路地裏で札束を見つけて、盗まない人間がいないのと同じ理屈であると。
いや相田よ。世の中には、札束を迂回して歩きすぎる者や、ちゃんと交番に届ける者、マッチで燃やしつくして、ついでに焼身自殺する者だっているんだぞ。
などと説明してみても、理解してはくれないだろうな。
ということは、ここで否定しても意味はないし、時間の無駄。あと労力の無駄。そして人生の無駄。
ならば結論は、こうなる。
「おれが地理学コーナーで西塔紗季とヤッたからといって、お前には関係がないだろ」
効率的すぎたかな。
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