37話 混乱期を行く男。



「私に、なんか用?」


「突発的だと思うだろうが、まぁ聞いてくれ。君を是非とも、デートに誘いたい。ずっと君のことが気になっていたんだ」


「え、私のことを? そんな、嬉しい。うんっ、いいよ分かった、付き合ってあげる」


 と桐澤聡美は、簡単にOKしてくれた。


 うむ。こんなふうに誘えばいいわけだな。そうすれば彼氏もちの女子さえも、デートに応じてくれると。

 はじめに目についた女子で練習してみて、良かった。これですっかり自信がついたよ。


「それで、いつ?」


 と桐澤聡美が、潤んだ瞳で、意味不明なことを聞いてきた。


「なにが?」


「だからデートに行く日」


「ああ、それか……あとで、こっちから連絡するよ」


「ん、了解、待ってるね」


 堂上は、この尻軽のどこがいいんだろうか。

 練習台と別れてから、おれはまっすぐ、志穂のクラスに向かった。

 誰かに呼び出してもらうまでもなく、ちょうど教室から出てきたところだ。


「志穂」


 はじめて、下の名前で呼んだかもしれない。


「あ、紘一さん。どうかしましたか?」


 柔和な表情。ふむ。怒っているわけではないようだ。それに冷ややかでもない。良い兆しなのではないか。もうデートに行くのは決まったようなものだろう。


 そこまで考えて、ふいに疑問が湧きあがった。どうして南橋志穂を、デートに誘いたいと思っていたのか。はじめは、彼女から誘ってこなかったことに、不可思議な苛立ちを覚えていたのだ。

 だが真のキッカケとなったのは──そうだ。西塔紗季だ。あいつのせいだ。何かよくわからないが、あの女と出会ったのが、そもそも間違いな気までしてきたぞ。


「先ほどのLINEの件ですか?」


「……え? ああ、そう。西塔紗季に宣言したんだ、君をデートに誘うと。だから、もう一度デートしてくれ」


「あの、よく理解できないのですか?」


 そこで昨日の、紗季とのやり取りを明かした。

 ──紗季がふざけた計画(おれが桐澤とデートしてどうたらという)を提案してきたので、なんだか腹が立って、志穂をデートに誘うと宣言したのだな。


「つまり、西塔さんへの当てつけのため、私とデートしたいと」


 志穂の声音には、冷気があった。表情は変わっていないので、逆に声音が目立つ。

 弁解だ、弁解しろおれ。


「そう。いや、違う。ちょっとまって、よく分からなくなってきた。君とデートに行くことが、あいつへの当てつけになるのか? だいたい、紗季は応援してきたし」


「私、もう行っていいですか」


「まってくれ。おれは本当に、君とデートしたいんだ。水族館デート、あれは楽しかった。君が、プールサイドで、すべって転んで──」


「私が無様にすべって転んだのが楽しかったのですね。それは良かったです。では東城さん、私、委員会の仕事がありますので失礼します」

 

 取り付く島がない口調でそう言われては、どうしようもない。志穂は歩いていってしまった。いったん視線を外してから、こちらを二度と見ようとしなかったな。


 呆然としていると、背後から男に呼びかけられる。


「東城!」


 というか、怒鳴りかけられた。

 振り返ると、同学年の男が向かってくるところだ。なぜか怒気を発しながら。問題は、この男、知り合いではない。


「あんた、どこの誰だ?」


「俺の女をデートに誘ったそうじゃねぇか! よくもそんなふざけた真似ができたな!」


 誰だか知らない男が、おれのネクタイをつかんできた。

 なんなんだ、一体。どうなっている、この世界は? 面とむかってデートに誘ったというのに、その答えがNOだと。南橋志穂、本気か?


「筋が通らないだろ……」


 とりあえず、誰だか知らない男の顔面を殴った。そしたら鼻がへし折れた。

 男は尻餅ついて、血が噴き出した鼻をかばうように抑えて、わめいた。


「お、俺の鼻があぁぁ」


 冷ややかに見下ろしながら、おれはそいつに言ってやったね。


「こっちは傷心しているというのに、そんなおれに絡んでくるとか。お前は、正気なのか? 他人を気遣う心を失った、現代の怪物だというのかお前は?」


 誰だか知らない男──まてよ。もしかして青山か? 

 とにかく青山(たぶん)が、鼻をおさえながら糾弾してきた。


「東城! お前は……人間の、クズだ!!」


 そこまで酷くはないはずだ。そこまで酷いということがあってたまるか。

 おれはまだまだ、大丈夫。ただ最近、少し混乱しているだけだ。


 ただ混乱期なだけだ。

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