36話 悩ましい。


 もう放課後だったので、実際に南橋志穂をデートに誘うのは、翌日にした。


 別に先送りにしたわけではない。


 で、翌日。

 じっくり熟慮黙考したところ、LINEでデートに誘うことにした。


 すると3分後、『しつれいですが それは考えがあまい』というドラえもんのスタンプが返ってきた。


 悩ましい。意味がわからん。

『スタンプだけで返信してきた女の心理』でググったところ、とある恋愛サイトでは『彼女のあなたへの興味はゼロ』だそうだ。

 悩ましい。死にたい。


 とりあえず我が親友、相田の背中をぶん殴った。


「痛ぇぇぇな! てめぇ、オレに恨みでもあんのか!!」


 と振り返った相田が怒鳴ってきたのは、数学の小テストの最中。

 教師が睨んできたので、渋々といった顔で相田が前を向いた。


 くそ。数式なんか解いている場合じゃない。この苛立たしさはなんだろうか。どうでもいいが、頭の中でコンクリートロードが無限に流れている。


 テストが終わり、休み時間。文句を言ってきた相田を、手振りで黙らせてから、おれはスマホで電話をかけた。妹の里沙に。中学だって、いまが休み時間だろ。


 しばらくして、妹が出た。


「もしもし兄貴、どうかした?」


 と里沙の声。いや実際は、里沙の声に似せて作られた合成音声なのだそうだ。よくできているよなぁ。このイライラした感じとか、ちゃんと再現しているのだから。


「なぁ聞きたいことがあるんだが。南橋志穂をLINEでデートに誘ったら、ドラえもんのスタンプで断られた。どう思う?」


「………………………そんなことを聞きたくて、わざわざ電話してきたの? 緊急事態かと思って、授業中でも無理して出たのに? あのね、年頃の女子が静まり返った教室で挙手して『お手洗いに行きたいです』という恥ずかしさ、理解できてる?」


 向こうは授業中だったか。


「なら早く質問にこたえろよ。そうしたら、『小さいほう』だったと思ってもらえる。これがダラダラしていて時間がかかったら、『大きいほう』だったと誤解されるぞ」


「兄貴って、月一ペースで、絞め殺したくなるよね」


 兄妹愛だな。


「里沙、どうなんだよ? デート誘いへの断りをスタンプで返すって、どういう女性心理なんだ?」


「とりあえずスタンプの内容にもよるけど」


 おれは、ドラの煽り台詞を伝えた。てんとう虫コミックス20巻『プッシュドア』より。


「うーん。南橋さんは、兄貴のことが好きだと思うんだけど。少なくとも、まだ嫌いにはなっていないはず。とすると、考えられるのはただ一つだね。LINEで手軽に誘おうという、その考えが甘い、と」


「LINEの便利さを全否定だな」


「というより、兄貴はどうしてLINEを使おうとしたのさ?」


 便利だから。

 または──最後に志穂と会ったときの会話が、まずかったから。たぶん、そのときにおれはミスをしていたのだろう。

 よって簡潔明瞭なる答えは、


「気まずいから」


「そういうこと。面と向かって、デートに誘いなさい。そして二度とこんなくだらない理由で、電話してこないで。まぁでも、兄貴も少しはまともになってきたようで、あたしは妹として嬉しく思うよ。じゃぁね」


 通話が切れた。妹が『小さいほう』だったとクラスメイトが思ってくれるよう、おれは兄として祈ろう。

 兄妹愛だな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る