30話 背中を押した女。


 紗季より、偵察任務を命じられた。

 桐澤聡美(下の名前は堂上から聞いた)が、青山と上手くいっているのかどうか。調べてこいと。


「任せておけ」


 と安請け合いしたのは、他に気にかかることがあったからだ。

 紗季の突拍子もない助言は、はたしてどこまで役に立つのだろうか。おれにした助言、南塔志穂をデートに誘え──のことだ


 5時限目を待ちながら、自分の席で熟慮黙考していたところ、相田に肩を叩かれた。


「よぅ、寝取られ男」


「おれが寝取られたわけじゃないだろうが」


「それもそっか。で、なにをそんなアホみたいな顔をしているんだ?」


「沈思黙考しているんだよ。ところで、お前は無駄に交友関係が広いよな。ゴミのような知り合いを、たくさん持っている」


「まぁな。ゴミがたくさんいる中で、なんで親友がオメーなのかは疑問だがな」


「たまには、おれの役に立て親友よ。桐澤聡美だが」


「西塔、南橋ときて、こんどは桐澤とハメようってのか? 漢の鑑のようなヤローだなぁ、オメーは。だがよ桐澤はやめとけ。青山とできてんだからさ」


「青山、青山、下の名前はなんだったっけ」


 興味がない話題なので、耳の穴をほじりだす相田。


「さぁな。トオルとかサトルとかサトイモとか。なんでオレが、男の名前なんか憶えてなきゃならねぇんだ」


「確かに。まぁその青山サトイモ(仮)だが、それと上手くやっているのか桐澤は?あのカップルは離別するようなことはないのか? 青山サトイモ(仮)が浮気したとか、未成年に手をだしたとか」


「いちおう言っておくが、オレたちはみんな未成年だぞ紘一」


「じゃぁ女児に手を出したとか」


「ねぇよ。このまえの練習試合で、ハットトリックを決めた、って話なら聞いたけどな。あと喧嘩にめちゃくちゃ強いらしいぜ。まぁいまは不祥事おこして部活動に響いちゃ事だから、大人しくしているようだがな」


「お前、下の名前も知らないくせに、やたらと青山サトイモ(仮)のことに詳しいな」


「考えてもみろよ。オレたちオスにとって、青春とはなんだと思うよ? それはな、できるだけ良いメスとハメることだろうが? な?」


 相田の口から、青春という単語が飛び出てくるとは。しかも相田にとっての『青春論』まで語ってくれるなんてなぁ。意見がたくさんあるのは良いことだ。いくらその青春論がクズっぽそうでも。それでも、青春に変わりはあるまい。


「あー、だな」


 テキトーに相槌を打ってやると、相田は満足そうにうなずいた。


「そうだろ、そうだろ。じゃ、ほかのオスはなんだ? ライバルだろうが? ライバルの情報は、仕入れておいて損はねぇ。で、青山サトイモはかなりの強敵だな。ありがたいことに、桐澤に一途らしくて、ほかの女に手を出さねぇようだが。それに、オレ個人としちゃ、桐澤は好みじゃねぇしな」


 要点だけまとめると、堂上が桐澤を寝取る可能性は、万にひとつもなさそうだ、と。


「ところで──北門薫って、知っているか?」


 ダメもとで聞いたのだが、相田の反応は凄かった。血の気が引いていく人間を、はじめて見た。


「知っているようだな相田。何者なんだ?」


 ついでに言うと、男か、女か?

 相田は妙にかすれた声で言った。


「道路を歩いているとするだろ。んで、穴がぽっかり開いていた。オメーは覗き込んでみるか、紘一?」


「覗き込んだら、どうなるんだ?」


「後ろから背中を押される」


「は?」


「オメーの背中を押したのが、北門薫って女だ。あいつは、隙あらば他人を奈落の底へと突き落とすタイプ」


 ──つまり、女か。





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