20話 もう助からないって。
思いがけず、二人が出会った。
紗季と里沙が。
日曜日。朝寝坊を決め込んでいたら、里沙が起こしにきた。ベッドに入り込んできて、おれの耳元に囁いてくる。
「兄貴、兄貴。指と爪のあいだに針が入っていくよ。ぐりぐりと」
想像したら幻痛がしてきた。
「起きるから精神的拷問をやめろ」
支度を整える。今日は遅刻せずに待ち合わせ場所まで行けそうだ。という安堵感とともに玄関に向かったところ、ちょうど来客があった。
紗季には自宅住所を教えていたが、まさかやって来るとは思わなかった。それも無断で。
恋人がいきなりやって来て、「来ちゃった」と言って、勝手にお昼ご飯を作り始める。
昔、ドラマでそんな場面を見たとき、心の中でゲロったことを思い出した。まぁ紗季は、さすがに昼飯を作りにきたわけではないだろうが。
「なにしにきた?」
「わたしたち、まだチームよ。青春を見極め、青春を味わうためのチーム。カップルではなくなったからって、チームであることに変わりはないわけ。よって今回のデート、わたしも観察させてもらうわ」
頭痛が痛い。
とはいえ紗季の言い分にも一理ある。おれたちは、まだチームだろう。最終的にどこに行けばゴールなのかも分からないレースを走り出してしまった、チームではある。迷走からはじまって、いまだに迷走している。
「兄貴、お客さん?」
振り返ると、興味深そうな顔の妹が立っていた。
西塔紗季と東城里沙の遭遇である。だからなんだ、というわけでもないが。
紗季に向かって、里沙を片手で示し、
「こちら妹」
ついで里沙に向かって、紗季を片手で示す。
「こちら元カノ」
紗季と里沙が歩み寄って、握手した。
「はじめまして。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
この瞬間、お互いに相手を値踏みしていることが、よく分かる。ひとまず敵対心は芽生えていないようで良かった。
微笑みをうかべたまま、里沙が言う。
「西塔紗季さん」
「もっと気軽に、紗季ちゃんでいいわよ」
「いえ結構です。兄の元カノをちゃん付けで呼ぶのは、抵抗がありますから」
「あ、そう。ところで里沙ちゃんは、身の丈にあわない助言をするのが好きみたいだけれど。あまり背伸びしないほうが、可愛げがあると思うわよ」
「これが、あたしたちの友情のはじまりですね、紗季さん」
あれ。二人とも微笑みが固い?
スマホで時刻を確認すると、もう遅刻ギリギリになっていた。急ぎたいところだが、まだ話は終わっていない。
「観察するというがね、紗季。まさか、ついて来るわけじゃないだろうな」
「そうね、べったりくっ付くわけではないけれど。少し離れたところから、様子をうかがうとするわ。あなたと南橋さんが恙なく結ばれてくれると、わたしの青春活動も、一歩前進できたような気がするのよね」
ここで里沙が、
「紗季さんは、実は兄のことが好きなんじゃないですか? それで、兄が他の女子とデートするのが気になって、ついて行きたがっているとか?」
紗季は里沙を見やってから、残念そうに溜息をついた。長い溜息だなぁ。
「だと良かったの。そうだったなら──それって、すごい青春的よね?」
里沙はギョッとした様子で言った。
「思っていた以上に、青春に呪われてますね。もう助かりそうもないです」
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