第14話 8月上旬 <東京編1>

 東京ってこんなに人が多いんだ。品川駅に着いて初めて実感した。

 テレビで田舎出身の芸能人が、上京した時に何がビックリしましたかって聞かれて、よく答えてる、まさにあれだ。


 事前に調べていたホテルまでの行き先を確認する。携帯でも地図を出して行き方をナビしてもらった。新幹線から降りた俺たちは、先ず、高輪口を目指し歩き出した。玲花達のホテルは駅からシャトルバスが出ているらしく、品川駅到着からは別行動にした。


 ナビに沿って十分ぐらい歩いたらココホテルの看板が見えた。

 エントランスを抜けると、カウンターはすぐ目の前にあった。


「こんにちは、今日から予約している、向井と新井と伊吹なんですが」

「こんにちは、今確認いたしますね」

 スタッフの女性がカタカタとパソコンをいじっている。

「向井様、新井様、伊吹様ですね。お待ちしておりました。本日は学生プランのご予約でお間違いないでしょうか。」

「はい。そうです。」

 向井には本当に頭が上がらない。竜二を見ると、上の空なのかホテルのロビーを見渡していた。

「それでは保護者同意書の提示をお願いいたします」

 俺たち3人は別々にカウンターに置き、一人ずつ確認された。

「はい。ありがとうございます。本日大変申し訳ないのですが、こちらの手違いで、ダブルベッド一つの部屋しか空きがなく、そちらにエキストラベッドをご用意させていただきましたが、よろしかったでしょうか?」

「あ、大丈夫ですよ。俺たち、一人、床でも寝れますし」

 向井は愛想良く返事した。スタッフのお姉さんは申し訳なさそうにカードキー3枚渡してくれた。

「それでは、ごゆっくりお寛ぎください」とエレベーターまで見送ってくれた。


「で、向井、誰と誰が同じベッドで寝る?」

 俺は向井に聞いた。

「公平にジャンケンで決めようぜ」

「いいぜ、三回勝負な」

 竜二が張り切る。


 部屋のドアを開けると、ビジネスホテルだから結構狭い。そしてエキストラベッドがあるから余計狭い。仕方がないかと俺はリュックをデスクの上に置いた。

 エキストラベッドが小さいということで、ジャンケン大会が開催される前に、背の低い俺が必然的に、エキストラベッドで寝ることになった。向井も竜二もサッカー部の合宿とかでベッドを共有していたらしく、慣れているのか、すぐに二人してダブルベッドの上で落ち着き始めた。玲花からホテルの部屋の写真が送られてきが、明らかに広い、そして眺めも良さそうだった。


「あっ玲花から電話だ」

「もしもし?」

「今日みんなでご飯食べるでしょ? お母さんもさ、なんか、みんなに気を使わせたら悪いからって、東京の友達とご飯食べに行くんだって」

「分かった。竜二も向井も了解なりーって言ってる」

「六時に品川駅で待ち合わせね。あとお兄ちゃんも来るから、向井に伝えといて」

 一方的に電話が切れた。

「向井、玲花がお兄ちゃんも来るって」

 竜二と向井が何か言いたげに顔を見合わせた。

「マジか、大地には言ってなかったんだけどさ、玲花の兄ちゃん、俺の元カレなんだよね。まあ今でも仲良いからまだ連絡は取ってるんだけどさ。今日用事あるって言ってたのに、あいつ」

 俺はなんとなく引退試合の時から気づいていたから、驚きはしなかった。


 品川駅の六時はえげつなかった。帰宅ラッシュの人で溢れている。そんな中、玲花の兄、祐介さんが「Welcome Tokyo」と言いながら現れた。スタイリッシュですっかり東京に染まっている感じがした。サッカー部のみんなが祐介さんに憧れるのもわかる。

「みんな元気だった?」

「はい。先輩」

 いきなり、向井と竜二が体育会系になった。俺と玲花は吹き出した。

「大地くん、また会ったね。春樹達の引退試合ぶりだね」

「お久しぶりです」

「お兄ちゃん、ちょっとあたしは?」

 玲花が少し拗ねている。

「はいはい、てか、お前、母さんと出かけてくればよかったのに」

「はぁ?一人で寂しいだろうなと思って、お兄ちゃんに声かけてやったのあたしですが」

「ありがと、ありがと。てかお前ら、何食いたい」

「金塊ラーメン」

「金塊か、東京にしかないもんな。この辺りだと・・・渋谷か」


 切符を買って、改札をくぐり、流れに身を委ね、初めて満員電車というもの乗り前から味わった。渋谷方面行きの山手線が来たが、乗れなかった。

 だが三分も待てば次の電車が来た。それにはうまく5人乗れたが、後からくる人の波にもまれ、向井、玲花、祐介さんと少し離れてしまった。

 竜二が片方の手で吊り輪を、もう片方の腕で俺のことを、人の波に流されないよう、しっかりと囲んでくれていた。俺は今、竜二の腕の中にいる。竜二がこんなにも近い。小声で「ありがとう」と伝えてみた。すると、小声で「俺が守るって言ったろ」と言われた。周りは自分のことで踏ん張ることで精一杯なのか、あまり気にしていないように見えた。これが東京か。


 俺たちは無事に渋谷に着いた。これがハチ公、これがスクランブル交差点、そしてこれがセンター街。全て俺にとっては真新しく見えた。竜二も横で感動している。向井と玲花は何回か東京に来たことがあるらしく、はしゃぐ俺たちを微笑ましく見守っているような気がした。初めて渡るスクランブル交差点は人にぶつからないように必死だった。


 少しセンター街を歩くとそこには「金塊」と書かれた暖簾が掛かったお店があった。

「げ、10人くらい並んでんじゃん、どうする?」

「せっかく来たんだし、並ぼうよ。祐介もさっき、金塊食べたことないって言ってたじゃん」

 向井が祐介さんのことを呼び捨てで呼んでる。なんか新鮮だ。

「まあ、そうだな、せっかくだしな」


 祐介さんを筆頭に俺たちは規律よく並んだ。30分ぐらいして、3名だけ入れると言われ、祐介さんの計らいで、俺と竜二と玲花で入店した。


 これが金塊の匂いか。みんなデラックス金塊の食券を買った。5分くらいして目の前に運ばれてきたラーメンは今まで見たことのないほどのチャーシューと、千切りにされたネギが載っていた。ボリュームたっぷりありそうだったのに、十分後には食べ終えていた。竜二は醤油をベーシとしたこってりスープまで飲み干した。

「先に外、出てます」と祐介さんと向井に声をかけ、俺たちは外にでた。


 7時を回った渋谷センター街は色んな人がいた。仕事帰りの人、俺たちと同じだと思う高校生、ギャル、大学生っぽい人、ホストっぽい人、ラップが好きそうな人。これが眠らない街TOKYOか。


「お待たせ、お待たせ」祐介さんと向井が出てきた。

「他に行きたいとこはありますか?」祐介さんが俺に丁寧に質問してきた。

「大地、渋谷のタピオカ飲みたいって言ってなかったけ?」

 向井がそう言いながら、俺を見た。

「え。いいよ。別に」

「いいじゃん、行こうよ、渋谷にいるんだし。いいっすよね? 祐介先輩」

「俺はなんでも、どこのタピオカ屋? 大地くん」

「台湾のとうっていうタピオカなんですけど・・・」

「それ! あたしもとうのタピオカ飲みたかった」

 玲花のテンションが上がった。

「それってさ、TOTUSYAのすぐ隣に最近できたやつ?」

「そうです! そこです」

 

 俺は事前に調べていた。俺らは兎を目指し、歩き始めた。5分もしない内に着いたことに驚いた。東京はなんでも、すぐ手の届くところにある。

 俺と玲花はレインボータピオカ黒糖ミルクティーを、竜二はタピオカがあまり好きではなく、黒糖ミルクティーだけを頼んだ。向井と祐介さんは甘すぎるのは苦手なのか、頼まなかった。

 俺はタピオカを頬張りながら、竜二に言った。

「竜二、タピオカ美味いのに」

「なんか苦手なんだよね」

「はい、高校生はここまで。帰りますよ〜」

「お兄ちゃん、何、急に」

「いや、俺、お前らの一応保護者代わりだし。それに明日オープンキャンパスだろ?」

「そうだけど」

 玲花がちょっと寂しそうだ。

 

 渋谷駅を後にし、品川駅へ戻った。渋谷から品川へ向かう山手線は混んでなかった。

 みんなで玲花のホテルのシャトルバスを待っていると、玲花のお母さんもちょうど現れた。

「あらーみんな、玲花のためにバス待っててくれてるのね〜。祐介も今日はありがとう。もういいから、みんなも早くホテルに帰って寝なさい」

「俺、一応こいつら、ホテルまで送って帰るわ」

 俺らは玲花のお母さんに一礼し、おやすみなさいと伝え、ホテルまで歩き出した。ホテルに着くまで、俺はずっとタピオカミルクティーを飲んでいた。


「竜二、大地、先に部屋、戻ってて」

 向井に言われて俺たちはそうすることにした。

「おう、分かった。祐介先輩、今日はまじありがとうございました」

「ありがとうございました」

 俺は慌てて口にあったタピオカを飲み込んで一礼した。

「じゃあ、またな」

 祐介さんが俺たちに向かって手を振った。

 エレベーターの中で「やっぱあの二人、まだお互い好きなんだろうな」と竜二の恋愛プロのような発言に、俺はタピオカを吹き出しそうになった。部屋に着くとTWINが鳴った。

【ごめん 今日 祐介ん家に泊まるわ。明日オープンキャンパス後に】

 竜二に見せたら「ほらね」って言われた。


 そして俺はエレベーターから出る時に、竜二にそっと伝えた。

 

「竜二、今日は二人っきりだね」

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