第3話 4月下旬

 「球技はチームワーク、みんなが仲良くなるためのものだ」


 担任の播磨拓磨はりまたくま先生(通称:ハリマー)が黒板に背を向けながら熱く語っている。


 俺の高校の球技大会は仲良くなるためを目的として毎年四月下旬に開催される。クラス対抗で男子は野球とサッカー、女子はバスケットボールとバレーボールに分かれて行われる。


 あと一週間もあるのに、朝のホームルームの時間を利用して何に出るか決めろと言うハリマー。ハリマーはゴツい身体に鋭い目つきから、生徒みんなから怖がられているが、意外と優しい、生徒思いなとこもあり、俺は嫌いじゃない。たまに、熱すぎるところもあるがそれがかえってセクシーに思える。どうやら俺はこういう熱い人に弱いみたいだ。

 

「大地、なんかハリマー熱くね?」


 いつものように竜二が俺のことを呼ぶ。週明けに登校してきて俺は少し安心した。いきなり学校を2日間も休んで、身体が弱いのかなと心配してたけど、登校してから騒がしかったので、どうもそうではなさそうだ。竜二に休んだ理由を聞けないまま、球技大会の話し合いが始まった。


「大地もサッカーだよな?」


 向井と竜二はもちろんサッカーを選び、俺は半ば強制的に竜二に誘われた。断る理由もなかったし、同意した。


 スポーツは得意でも苦手でもない。中学の頃は新米の体育の先生に気に入られたくて頑張ってたけど、高校の体育の先生には恵まれなかった。俺らの体育もハリマーが担当してくれてたら少しは頑張れてたかもと今更ながらに思う。


 話し合いはサッカーと野球チームに分かれて進められた。サッカー部の向井と竜二を中心にどのポジションにするか等、話がスラスラとまとまっていった。俺はゴールキーパーを立候補した。なぜなら、走らないで済むからだ。


 

 球技大会当日、雨で中止にならないかなと少し願いながらカーテンを開けたけど、晴天だった。


「大地、ちゃんと守れよ」


 グランドで試合が始まる前に向井と竜二が声を揃えて二人して俺の頭を撫でてきた。俺はゴールへちょっと面倒くさそうに歩きながら向かったが、振り向くと真ん中に行く二人の背中はなんだか頼もしく見えた。 


 サッカー部の顧問が試合開始の笛を吹く。


 開始五分でやっぱ二人はうまいなと関心した。ボールを操るのがうまい、パスの出し方もうまい、二人は息ぴったりでちょっと羨ましかった。


 あれよあれよと相手を交わし、二人はゴール前にたどり着いていた。


 シュートしたのか? ゴールしたのか? 


 ……ってゴールキーパーに止められてんじゃん。相手のゴールキーパー、サッカー部じゃん。俺は一人落胆するが、どうも周りはその余裕すらない。


 すごい勢いで相手チームが攻めてきた。向井が「ディフェンス」って叫んでる。やば、絶体絶命じゃん。俺、止めれないよ?


「えっ!」


 サッカーボールを持っている相手の生徒よりも、竜二の猛ダッシュしている姿が俺の目に入ってきた。竜二がこんなに足が速かったなんて知らなかった。


 だが次の瞬間「いって〜」とグランドに響き渡った。竜二がスライディングしてボールを奪おうとした瞬間、相手も慌ててシュートを打ったため、竜二の足を思いっきり蹴ってしまったのだ。倒れ込む竜二にみんなが駆け寄るが「大丈夫?」としか声をかけれない。ハリマーが竜二に保健室に行けと促し、向井が慎重に竜二に肩を貸しながら立たせ、保健室へと向かおうとしていた。だが、試合は続行しなければならない。二人が欠ければ明らかに俺らは弱小チームになる。


「俺が保健室連れていくよ。向井の代わりはいないしさ」


俺は咄嗟に向井に声をかけてしまった。


「おう、わかった。竜二のことよろしくな、大地」


 向井に代わって俺が竜二に肩を貸すが、はたから見たら、俺が竜二の肩を借りているみたいになってしまった。


「悪りぃな、大地。なんかカッコ悪いな、俺」


痛そうな足をひきづりながら、いつもおちゃらけてる竜二が苦笑いして謝ってきた。


「いや、カッコ悪いとか関係ないから」


「ちょっと良いとこ見せようかな〜って思ってさ」


「誰に?」


「クラスのみんなに〜。ん〜てか〜、大地に〜」


 竜二は自分で言ったことが恥ずかしかったのか俺と目を合わせようとしなかった。俺は無視した。竜二も向井の様に、最近は俺をからかってくるようになったので、こうやって変なことを言われたら無視する様にしている。


「無視かい」


 竜二に突っ込まれた。


「無視も何も、何言ってんの?」


「なんでもね〜やぃ」


 それからすぐにA棟一階にある保健室に着いたが会話はなかった。俺の高校はグランドを囲むようにコの字型にA棟、B棟、C棟と三つの校舎がある。


「せんせーい。せんせーい」


 何度大声出しても応答はない。


「せんせー。いないんすか〜?」


 竜二も一緒になって大声を出してくれたが応答はなかった。


 スポーツ大会だから今学校全体が保健室の先生を必要としているのか。一人納得しながら、取り敢えず竜二をベッドの上に座らせた。蹴られたところが赤黒く腫れている。「痛そう」と俺はボソッと呟いた。


 昔から看護師のお母さんから簡単な処置は習っていたので、とりあえず冷やそうと思い、アイスノンを探そうとしたが見つからない。


「保健室の先生探してくるから、ちょっと待ってて」


俺が先生を呼ぶために立ち去ろうとした時、急に竜二が腕をつかんできた。


「大地」


 いつも俺を呼ぶ時の「大地」じゃないのだけはすぐに分かった。少し低くて、少し焦ってる感じ。


 振り返ると竜二がこちらを見つめていた。俺も真っ直ぐな竜二の目を見つめ返した。


「いいよ。先生くるまで待っとこ」


 俺の腕を握る竜二の手は、ちょっと痛いぐらい力強かった。


 なんだか自分の鼓動こどうが速くなるのが分かる。それと同時に、閉じているのに窓からは向井の「こっちこっち、ボールこっちに回せ」という声が聞こえる。でも自分の心臓の音以外、全てがスローモーションに見えた。


 俺はベッドの横にある丸い椅子に腰掛けた「分かった」と頷いた。


「す、すまん」


 竜二が俺の腕から手を離し、目をそらした。変な空気、今まで味わったことのない空気が二人を包みこんでいるのが分かった。僕はさっきまで竜二に掴まれていた腕を握った。


「向井、頑張ってるね」


「春樹、責任感強いしな。あ〜俺があそこで無茶しなければな〜」


「俺は助かったよ。あそこで竜二が来てくれなかったら、絶対シュート決められてたもん」


「そりゃ〜」


 俺は竜二が何か言い終わる前に言いたいことがあったので竜二の言葉をさえぎった。


「竜二、ありがと」


 竜二はどう反応して良いか分からないのか、少し耳が赤くなっていた。


 誰かが保健室のドアを開けた。


「伊吹くーん、大丈夫? 播磨先生から聞いたよ〜」


 保健室の先生だ。


「先生、こっちこっち。まじ痛いんだけどさ、足」


「あちゃー腫れてるね。取り敢えず冷やそっか」


先生がどこからかアイスノンを取り出し、竜二に渡した。


「はい。今日一日安静にして、絶対、球技大会に戻ったらだめだからね」


 保健室の先生は竜二に歩けるか確認し、グランドに戻るように、指示した。今日は本当に忙しいわねと言いながら保健室から出ていった。


 俺たちもすぐに保健室を後にしたが、竜二はまだ足を引きづりながら歩いていて、少し痛そうだ。時折、アイスノンを当てて冷やしている。


「まだ痛い?」


「微妙に痛いかな。でもまあ、平気、平気」


 竜二がニコって笑った。


 こんなに間近で竜二の屈託くったくのない笑顔を見るのは初めてかもしれない。いや、竜二はいつも笑ってくれてる。今までなんで気付かなかったんだろう。


 グランドに着いたら試合は終わっており、向井に謝られた。


「すまん」

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