第18話 8月下旬

「初恋は キミ 『だ・い・ち』

 初恋が ボク 『りゅ・う・じ』

 Love with You で Love Me Do」


 ただでさえ暑いのに、ウザい。俺の耳元で、アイドル入船坂90の『初恋MAX』のコールを変えて歌ってくるのは俺の彼氏の竜二。正式に付き合ってから、浮かれている。しかも俺が入船坂のことを教えたのに、もう前から知ってる様な感じを醸し出す。夏休みなのに、集中するためにわざわざ学校に来たのに。


 ただ、この陽に焼けたシャープな横顔を見ながら勉強するのも悪くない。


「みんな夏休み最後の日は、流石に学校来ないよね。てか、竜二、ほんと、あん時、電話ぐらいしろし。あたしと向井でずっと慰めてたんだから」

 玲花が少し怒っていた。

「あ〜あれから直接謝ったんだけどさ、優子気づいてた。俺が大地を好きなこと。一度だけでも良いから、俺とデートしたかったんだとさ。モテる男は辛いねぇ」

「モテる男ですか、はいはい」

 俺は竜二の顔見ずに言った。

「あ、おまえ、今バカにしたろ」

「してません」

「いや、絶対バカにした」

 この、この、と言いながら、俺の下膨れの頬をつねってきた。

「おまえらさ、俺らがいること忘れてない?」

「本当よ。あー暑い暑い。ただでさえ、暑いのに、もっと暑くなるわ」

 向井と玲花が笑いながら嫌味を言ってきた。

「俺はこんなに可愛い彼氏がいて幸せだ。うん、本当に幸せ者だ。トイレ行ってくる」

 よっぽどトイレを我慢してたのか、スキップと急ぎ足を混ぜたようにして教室を出てった。

「バカだ」

 三人一致の感想だった。


ガラガラガラガラ


 教室のドアが開いた。

「新井先輩、いらっしゃいますか?」

 俺は急に名前を呼ばれてビックリし、ついつい先生に呼ばれたかの様に「はい!」と勢いよく返事をした。

「僕、二年の木崎旬きさき しゅんと申します。お時間よろしいでしょうか?」

「誰?」

 玲花と向井が俺に尋ねる。俺は頭を横に振る。知らない。

 木崎は俺とあまり背が変わらないが、童顔の俺が言うべきかどうか分からないが、まだ青くささが残る少年に見える。

「何?」

 俺は顔を真っ赤にして決心がついたような目をしている木崎の目の前に立った。

「僕とお付き合いしてください。ずっと憧れてました」

 教室の時間が止まった。

「え、え、え」

 俺は急な告白に戸惑い、返答に困った。

 何かが廊下を猪の様に猛ダッシュしてこっちに向かってくる姿が見えた。


「お前は誰だ。見たことねぇな」

 竜二が俺の前に急に現れ、木崎にガンを飛ばしている。

「『僕とお付き合いしてください』だと?」

 おまえ、トイレ行ってたんじゃなかったのかよ、地獄耳だな。と、心の中で思った。

 木崎は竜二の気迫に一気に涙ぐんだ。

「いや、何? え、え。ごめん。ごめん。泣かす気はなかった。すまん、え、え。大地、どうしよ〜」

 どうやら、竜二は人の涙に弱いのか、あたふた、あたふたしだした。

「あ〜あ、可愛い後輩泣かせちゃった」

 玲花がグサリと竜二の心臓にナイフを刺す。竜二が教室の隅で落ち込んだ。


「木崎くん、ありがとう。勇気を振り絞って告白してくれて…」

 俺は続けた。


「でも、今は俺、大切な人がいるんだ。時たま、バカみたいなこともするけど、喧嘩もするけど、ウザい時もあるけど、というか大体ウザいけど、でも、すっごい人想いで、優しくって、カッコ良くて、どんな時でも俺の味方でいてくれて、俺を守ってくれて。俺はその人のことが大好きなんだ。だから木崎くんとは付き合えない。ごめん。でもいつか、木崎くんがそんな人を見つけられるように、応援してるよ」


 自然と竜二に対す想いが出てきた。


「そのカッコ良くて優しいっ人って……そこに座ってる向井先輩ですか?」

 木崎が向井の方を向いた。

「俺じゃないよ。俺、バカじゃないし」

 向井が笑う。

「もしかして、そこにいる、怖い人ですか?」

「それは俺の口からは言え……」


「いいぜ、大地、言っても」

 竜二が俺の肩に腕を回してきた。何アピールだ。


「そうだったんですか」

「木崎よ、確かに俺みたいなイケメンで頭も良く、性格もいい人を見つけるのは難しいかもしれない。でもな、いつかお前を愛してくれるやつが現れるから、心配すんな」

 

 ん? 竜二、俺が告られたんだよな? なんでお前が告られて断ってるような発言をしてるんだ。まぁ、いっか。

「そういうことだからよ、まあ、おまえもこっちなんだし、相談したいことがあれば、春樹、携帯」

「なんで俺なんだよ」

 笑いながら突っ込んでる。

「いや、春樹に相談するのが一番いいだろう。頭いいし、優しいし、面倒見いいし」

 向井が携帯を出しながらこっちへ来た。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 木崎が一礼した後、向井と携帯番号を交換し、帰っていった。

「何、今の出来事、処理能力が追ていかないんですけど」

 玲花がみんなを見渡した。

「てか、まじで竜二、なんで俺に携帯番号、交換させたんだよ」

「いや、明らかにおまえのタイプじゃん。祐介先輩とはちょっと違うけど」

「そりゃ、可愛いと思ったし、嫌じゃないけどさ」

「でも、木崎くん、俺にフラれたけどさ、相談できる相手ができて、嬉しいんじゃないかな? もしかしたらまだ、俺らみたいな仲間もいないかもしれないし」

 うんうん、ってみんな頷いてる。きっとみんな木崎の気持ちが、わかるんだろうな。


「でも確かにちょっと可愛かったな。大地に似てたし」

 

 竜二が俺を試すような目で見てきた。


「ばーか」

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