第19話 9月初旬

 初めて竜二の後ろに乗った。二人乗り。先生に見つからないか、警察に見つからないか、誰かに見つからないか、ドキドキしながら乗った。竜二が思ったよりも跳ばすので、振り落とされない様に竜二にしっかりとしがみついた。

「大地、大丈夫か?」

 時たま後ろを振り返りながら、確認にしてくれる。

「うん、大丈夫だからちゃんと前向いて」

 この時がいつまでも継けばいいのにな。

 そんなことを考えていたら、きなり自転車を漕ぐスピードが遅くなった。竜二の家の前に通じる坂道に差し掛かった。

「降りるよ」

 俺はつま先を着きながら、ヒョイっと降り、そこからはいつも駅から学校に登校するように一緒に歩いた。


 バスで来る向井と玲花より先に着いた。

「いらっしゃい、初めまして。大地くん」

 初めて竜二のお母さんに会った。竜二のお母さんはすごく小綺麗にされてて、感じの良さそうな人だった。

 リビングに通され、冷たいお茶をいただいた。飲み終わる頃に、二人が到着した。シーンとしていたリビングが一気に騒がしくなった。向井は何度も来た事があるらしく、お母さんと仲良く話をしている。

 今日は竜二の誕生日で、昨日、学校終わりに竜二の家でバースデーパーティをするということになったのだ。

「みんな、俺の部屋でゲームしようぜ」と着替えた竜二が降りてきた。


 竜二の部屋は洋室で、少し俺の部屋より大きい。入って左にベッドと勉強机、真ん中に小さなコーヒーテーブル。右側には本棚とテレビがあった。ベッド側の壁には入船坂90のポスターが貼ってある。

 竜二がマリカーを用意し始め、みんながその様子をみる。

 アイテムを出す瞬間がうまいのか、玲花が意外と強い。五戦中玲花が三勝、竜二が二勝した。


「一旦、休憩しない」と俺は声をかけ、背伸びをするために、立ち上がった。

 勉強机にある写真に気づいた。

「この写真……竜二の友達?」

 それは竜二の中学校卒業式の写真だった。二人、仲良く肩を組み、ピースしている。

「うん。俺の中学ん時の親友。蓮っていうんだ」

 知らなかった。竜二に親友がいることを。

「私立影山中……え。あの頭の良い男子校の?」

 俺は手に取り、マジマジと見た。

「そ、その影山中でした〜。俺、めっちゃ頭よかったんだぜ」

「影山中てさ、高校、エスカレーター式じゃないの?」

 玲花が知っている風に話しかける。

「そうだけどさ、なんか嫌だったんだよな。敷かれたレールの道を進むってやつが」

「竜二らしい」

 向井と俺がハモった。

「親父の母校だからさ、どうしても行かせたかったみたい」

「てか、親友なら今日呼べば良いじゃん、誕生日会なんだし」

「俺も会ってみたいな。竜二の親友」

 俺も玲香に続いた。竜二の幼い時の話が聞けると思うと少しワクワクした。

「無理なんだ」

 一瞬にして竜二の顔が曇った。こんな竜二の顔見るのは初めてだった。いつもはあんなにひょうきん者なのに。

 ただ俺たちはこれ以上、その子について聞いてはいけないんだと悟った。


「マリカー続きやろうぜ」

 向井は空気を読むように発言した。

「いいよ、みんなにはいつか話そうと思ってたしさ」

 竜二が話し始めた。

「俺さ、高三になってすぐ学校休んだろ?」

「うん。覚えてる」

 俺はずっと覚えていた。

「あれ、こいつの……蓮の葬式に出る為だったんだ」

 声にならないくらいの衝撃だった。

「自殺だってよ。バカだよな。なんで相談してくれなかったんだって。蓮とはさ、本当なんでも言い合える仲だったのに」

 竜二の声が少し震えている。

「蓮はそのまま高等部に進学してさ、俺はこっちに進学して、最初はメッセで近況報告とかしてたんだけどさ、自然とあんまり連絡とらないようになったんだ。話のネタも違うしさ。まあ、そういうことってよくあるじゃん」

 俺たちは黙って頷いた。

「で、去年の今頃だったかな。風の知らせで蓮が学校行ってないって聞いたのは。で、心配だったから会いに行ったんだけど、そしたらさ、全然元気そうだったの。しかもちょっと太っててよ。まじ心配して損したって思うぐらい。でも今、考えたら、なんであの暑い日に長袖着てたんだろって」

 竜二が深呼吸をした。

「蓮、学校で虐めれられてたんだって。それが分かったのがさ、葬式に参加した次の日だったんだよな。蓮の母さんからもらったんだ、蓮が残した俺への手紙」

 竜二が勉強机の引き出しから取り出した。



竜二へ

 竜二がこの手紙を見る頃には、僕はきっとこの世にはいません。

 竜二と知り合えて、竜二と友達になれて僕は本当に幸せ者でした。

 去年、竜二が心配してくれて、久しぶりに僕に会いに来てくれて、本当に嬉しかったです。

 あの時、「くそ暑いのに、なんで長袖着てんだよ」って言ってくれた時、

 正直に言えばこんな形で竜二に会うこともなかったのかな。ごめんね。

 高二の春、校内でゲイであることがバレ、それからずっと学校で虐められてきました。

 無視されたり、気持ち悪がられたり、殴られたり。ずっと誰にも言えませんでした。

 竜二があの時来てくれて、僕は一人じゃない、

 もう少しだけ頑張ろうと思い、三年になり学校へ行きました。

 でも頑張ったけど、無理でした。ごめんなさい。

 僕は弱い人間です。ゲイで生まれて、ゲイとして生きて、ごめんなさい。

 竜二、来世でもまた友達になってください。 蓮



「なんで手紙書く時って、敬語になるんだろうな?」

 竜二が俺たちに聞くが、みんな「うん」と頷くだけで精一杯だった。

「竜二、みんな、ピザきたわよ〜」

 一階から竜二のお母さんの叫び声が聞こえた。

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