第20話 九月中旬
「お母さん、伊吹くんの成績だと、率直に言いますと、東京の水城大学経営学部は、偏差値が七十ですので、なかなか厳しいかな、と」
三者面談でハリマーが俺と母さんを目の前に、眉間に皺を寄せている。
「そうですか……竜二、この第二志望の 横の水大学の看護学部って何?」
母さんが志望校調査表に指をさしている。
「え。看護師目指そうかな〜って」
「看護師……」
母さんが驚きと落胆の表情で俺を見つめる。
「横の水は国立ですし、なかなか大変かもしれませんが、今の伊吹くんなら十分に可能性はなくもないかもといった感じですかね」
「はぁ、可能性が。でも、そう言われましても、今初めて聞きますし……」
「とりあえずセンター試験まであと、四ヶ月程ありますす。全体の偏差値、特に英語をあげていきましょう」
家に着くと、親父が珍しく帰宅していた。
「竜二、話がある」
「何で第二志望が横の水、看護学部なんだ?」
母さん、いつの間に親父に言ったんだよ。
「いいじゃんか、別に。人助け好きだし」
「そういう問題じゃないだろ。看護学部に行ったら看護師にしかなれないんだぞ」
「いや、だから、看護師になりたいから行くんじゃん」
親父は昔から自分の歩んだ道を俺に歩かせたい人だ。
「父さんはな、水城大学を首席で卒業したんだ。この会社に入り、部長にまで上り詰めている。この意味がわかるか?」
親父は世界に誇る自動車メーカーの部長だ。何やってるか分かんないが。確かに、小さい頃は色んなとこに連れってってもらったり、職場体験で外国の人と商談するのを間近で見せてもらったり。その時はカッコイイ、俺も親父みたいになりたいって思ってたよ。
「わかんねーよ」
「竜二さ、大地くんが行くから?」
母さんが心配するような目で見てきた。
「何で大地が関係あんだよ」
「こないだのバースデーパーティーで、大地くんが横の水の看護学部、目指してるって」
確かに大地に出会うまでは看護学部なんて考えてなかった。でも、あそこは二年次からコースで心理学も学べるんだ。蓮の死もあってか、具体的に将来が見えているわけもなかったが、人を身体的にも、心理的に助けたいと、人一倍思うようになっていた。水城大学は違う。そもそも経営を学ぶことだって、今思う俺のやりたいことじゃない。
「ちげーよ。大地は関係ねぇ」
「水城大学に行かないなら、金は出さんぞ」
「あなた、それは言い過ぎよ。竜二の言い分も聞いてあげないと」
母さんが親父を少しなだめる。
「いや、水城大学以外、父さんは決して出さないからな」
親父がイライラしながら机を指で叩いてる。
「んだよ、クソッ」
俺は自分の部屋に行こうとして、勢い良く席をたった。
「なんなんだ、その態度は」
後ろから聞こえる。駆け足で階段を登り、自分の部屋のドアを思いっきり閉めた。
腹が立った。父さんにも、母さんにも。そして自分にも。図星だったからだ。俺は別に看護師になりたいわけではない。
本当は大地と一緒の大学に行きたいだけ。
だからそんな理由で親を説得させることなんてできないと、端から分かっていた。
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