第25話 十月下旬
あれから大地とは口も聞いていない。目も合わせたくない。親父でもない、母さんでもない、彼氏……に何であんなことを言われないといけないのか。あームシャクシャする。俺だって何していいか分かんねーよ。漢文の授業が終わって、みんなが選択授業のため違う教室に移動し出した。俺も準備しようとしたが、イライラが収まらない。だめだ、保健室行って寝よ。
「せんせーい。腹いて〜寝さして」
「伊吹くん、今週、三回目よ」
「いいじゃん、お願い、先生。今週だけ」
俺は目の前で両手を合わせ、今世紀最大の可愛さを出し、片目を閉じてお願いした。
「んも〜仕方ないわね。次の授業の時間だけね。空いてるベッドで休んでいいから」
保健室には三つベッドがある。横一列に並んでいるが、それぞれカーテンで仕切られてるから、開けない限り、隣に誰が寝ているのか分からない。保健室のドアに一番近いベッドだけが埋まっていたので、俺は窓際のベッドを選んだ。
そういえばここで大地にお願いされたっけ、一緒に居てって。
ん、いや、違う。俺だ。俺がお願いしたんだった。先生を呼びに行こうとした大地を止めたんだった。なんか懐かしいな。俺は下級生が体育でサッカーをしているグランドを眺めながらベッドに横になった。五分ぐらいたって、保健室の先生がカーテン越しに言ってきた。
「伊吹くん、ちょっと先生今から用事で職員室行ってくるから。何かあったら職員室か内線で連絡して。職員室の内線番号三番だから」
「は〜い」
俺は返事をした。
「新井くんも聞こえたよね。そういうことで、じゃ」
ん? ……新井くん? 横になっていた俺は一旦起き、腕を組みをし考えた。
新井といえば、大地だ!
俺は急いで真ん中のベッドを区切っているカーテンを開けた。そこには同じようにカーテンを開けてこっちを見ている大地がいた。
「何でおまえ、いんだよ」
俺から話しかけた。
「何でって、頭痛いからだよ。竜二こそ何で」
「腹いてーからだよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃねーし」
「だって竜二、知り合ってから腹痛いことなんて一度もなかったじゃん。パン、地面に落ちて拾って食っても平気だったし」
「そりゃ〜俺だって、人間だし? 腹が痛くなる時ぐらいあるわけさ」
「そっか……」
大地が何か言いたそうに黙った。俺は今回決めたんだ。何を言われても数日は絶対、大地に謝んねぇ!と。
「ごめん」
大地が謝ってきた。
「お、おう。俺もごめん」
反射的に、すぐに許してしまった。あんだけ心に決めていたのに。
俺たちは真ん中のベッドをはさみ、向かい合って座った。
「俺、本当に看護師になりたいのかって竜二に言われたことが図星で、でも認めたくなくて……」
「俺だって、大地に言われたこと図星だったぜ」俺は続けた言った。
「本当はさ、水城大学の経営に入りたいんだよ。でもいっつも模試もCかD判定でよ。受かるきしねーんだわ」
「何で水城大学経営に行きたいの? あっ。ごめん、言いたくなかったら言わなくていいよ」
「親父を見返してやりたい」
「お父さんになんか言われたの?」
大地に成長期はないのか。少年のような、子猫のような目で見つめてくる。
俺は三者面談の後の話をした。大地はそっかと言いながら、少し何かを考えていた。
「水城がダメなら他の有名私大はダメなの? ほら向井の芦山とか」
「う〜ん……一応考えてはいる。でも経営学部、どこも結構偏差値高くてさ」
「そっか」大地は俺にそれ以上、質問するのをやめた。
「大地はさ、やっぱ横の水でいくのか?」
俺は大地の口から水城という言葉を聞けるのを期待した。もし二人で水城に入学出来るなら、学部が違うけど、同じキャンパス内で会えるし。
「うん。色々考えたんだけどさ、時期的にやっぱり横の水の看護学部しか考えられないかなって。でもC判定だし受かるか分かんない」
「そっか」
俺もこれ以上、進路に関して質問するのをやめた。
「大地、覚えてるか? 保健室…」
「ん?」
大地がキョトンとした。
「保健室で俺と、おまえが、ほら」
「ちゃんと覚えてるよ、竜二」
大地が頬を赤らめ、笑顔になった。
「あっ。いて、いてててて、痛い、腹い痛い、大地やばい、これ、まじ痛い」
俺はベッドに座りながら、腹を抑えてうずくまった。大地が焦って、真ん中のベッドを跨いでこっちにきた。
「大丈夫? 竜二? 大丈夫?」
「これマジでやばいかも、先生呼んできて」
「分かった」
俺は先生を呼びに行こうとした大地の腕を、「大地」と呼びながら掴んで思いっきり俺の胸へ寄せて抱いた。
あの時よりもずっと強く掴んで抱いた。
そして今度はあの時出来なかったキスをした。
「大地、好きだよ」
「竜二、俺も。好き」
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