第24話 10月中旬
センター試験模試の結果が返ってきた。偏差値は六十三、横の水の看護学部はC、水城大学の結果はB判定だった。数学と生物が足を引っ張っていた。俺は丁寧に折り畳み、カバンの中に入れた。
竜二とは九月の席替えで離れ離れになったから、俺はすぐに後ろを振り向くことが無くなった。俺の席は窓際の一番後ろ、竜二は列を一つ挟んで、右斜めの前の席順になった。今は竜二が後ろをよく振り向く。口を動かして「ど・う・だっ・た」って声に出さずに聞いてくる。「あ・と・で」と声を出さずに返し前を向くように指で促した。
昼休みに玲花、向井、竜二は俺の席に集まった。向井はいつも俺の前の席に座り、玲花は窓に寄り掛かり、龍二は隣の机の上に座る。これが俺たち四人の二学期の定位置になっていた。
向井がやけに今日は嬉しそうだ。
「俺さ、芦山の指定校推薦、決まりました」
向井がちょっと得意げに顎を上げた。
「え! SMARTの芦山?」
竜二が驚く。
「そうそう。その芦山。昨日放課後さ、ハリマーに呼ばれて、決まったって」
「めっちゃ、よかったじゃん。おめでとう」
俺はもちろん嬉しかったが、もう受験勉強しなくていいと思うと、向井のことが羨ましく思えた。
「いいな〜、まじいいな〜、ま、向井色々と頑張ってたもんね。おめでとう」
玲花体を揺らしながら、少し悔しそうに言った。
「まあ、でも一応まだ勉強は続けないとさ。センター試験も受けるし」
「え。もうほぼ確定なのに受験勉強続けんの? 俺だとやめるね」
「そりゃ、あんたははやめるでしょ」
玲花がはっきりと答えた。
「じゃ、あたしちょっと職員室行ってくるわ。あたしも呼ばれてるんだ」
「え、玲花も指定校推薦、どっか受けてるの?」
俺はちょっとびっくりした。
「そりゃ、一応ね。あたし、成績いいもん」
玲花がスキップで教室を出た。
「みんなちゃんとやってることやってんな。ま、俺らは同じ大学行くもんな」
竜二にウィンクをされた。なぜかあんまり嬉しくなかった。こないだのお姉ちゃんの言葉がずっと頭に残ってる。
『本当に看護師になりたいの』
昼休みの時間が終わる間際、職員室から戻ってきた玲花は目を真っ赤にしながら、何も言わずに席についた。俺たちは結果を聞くのはやめた。
放課後すぐに、【ごめん、今日は先に帰る】TWINで玲花からメッセージが送られてきた。
「玲花、ダメだったのかな」
俺は竜二をちらっと見ながら聞いた。
「泣いてたっぽいしな……玲花から話すまで待っとこうぜ」
竜二の優しさを再確認した。
「俺、悪いことしたかな」
「いや、向井は別に何もしてないよ。今まで色々頑張ってきたしさ。サッカーのキャプテンしたり、二年で生徒会もしてたしさ。それより、早く家に帰って、家族に報告してあげなよ」
少し落ち込んでる向井が気の毒だった。向井は頷き、祝っていいのか、悲しんでいいのか分からない顔で教室を去った。
竜二と俺は、大学入学共通テストの結果を交換した。
「竜二さ、本当に横の水に行きたいの?」
「何でよ?」
「本当は水城に行きたいんじゃないの?」
「何でよ?」
「だっていつも第一志望は水城でしょ?」
「それが?」
「本当に看護師になりたいのかなって思って」
「何だよそれ。第二志望に書いてるだろ。横の水って!」
いつもの竜二なら「大地と〜」とか「大地も〜」っておちゃらけてくるのに、今日は違った。明らかにイラついていた。
「横の水は二次で小論文や面接もあるんだよ、対策してるの?」
「いや、そんなの知ってる……だいたい水城なんて、俺の頭じゃ無理なんだよ。それに横の水はずっとB判定だったしよ」
「それ……ずっとB判定だったから行きたいの?」
いつもふざけて、いつも分かんない、分かんないって言ってる竜二の判定が自分よりよかったのに腹が立った。
「いや、おまえが行くか……」
「俺が行くから行くの? 自分のやりたいこととかないのかよ」
ついつい口調が強くなった。
「何だよ、それ。お前だってなんで第二志望に水城って書いてんだよ。しかも心理学部って。お前の方こそ看護師になりたいんじゃなかったのかよ」
「分かんないよ!」
俺は教室を駆け足で出た。涙を竜二の前で見せたくなかった。いつもは追いかけてくるのに、今日は追いかけてこなかった。
竜二が言ってることは、図星だった。今の竜二が自分そのものに見えた。本当はもっとやりたいことがある。でもそれが何か分からない。だからずっとB判定だった横の水を選んでた。看護学部に行って、看護師になれば将来を保証される。いつ、何があっても必要とされる職業だ。何度も自分に言い聞かせてきた。
だからって、横の水に行きたい理由がずっと見つからなかった。そして、C判定になった今、もっと理由が見つからなくなった。でも、ここまできたら引き返せないと思った。時期的に新しい大学に変えていいのか分からなかった。
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