第8話 6月中旬

 梅雨入り宣言が出たが、今日の朝は晴天だ。

 向井はようやく元気を取り戻したらしい。最近は部活も引退したから毎日一緒に登校している。玲花も竜二も、俺らが駅に着くの待っててくれる。竜二はチャリ通だからそのまま学校に行くこともできるけど、俺としてはカバンを竜二のチャリの籠に入れれるから、ありがたい。仲良し四人組って感じかな。

 「全国統一模試どうだった? あたしまじで偏差値やばかったんだけど。大学いけるかな」

 玲花のやばかったは毎回信用ならない。玲花はさっぱりしてるし、男っぽい性格で、男女ともに人気がる。でも、勉強に関しては、いつも勉強してないと言いながら、高得点を取る。

「いくらだったの?」向井が聞く。

「65」

「全然いいじゃん。俺なんて55だぜ。春樹は?」竜二はチャリにまたがりながら、羨ましがっている。

「68、大地教えろよ」

「62。でも、志望校はB判定だったよ」

「志望校? どこだよ、教えろよ」竜二が喰いついてくる。

「横の水大学の看護学部だよ」

「大地、看護師になりたいのか」

「うん。竜二は?」

「まだ決めてない。適当に書いた」

 一同驚愕。

「まだってどうするんだよ。目標立てなきゃ勉強も集中できないだろ?」

 向井が当たり前のようなこと言う。

「え〜じゃあ俺も横の水の看護学部にする〜。そしたら大地と一緒にいれるだろ」

「いや、真面目に考えた方がいいよ」

 玲花が忠告する。

「真面目だから!」

 竜二が鼻息を荒くした。

「いいんじゃない? 人生なんて何度でもやり直しできるしさ」

「童顔なくせに大人なようなこと言うな」

 向井に頭をクシャクシャにされた。せっかくセットしてきたのに。


 学校に着くと、みんなが俺のことをジロジロと変な目で見てきた。「やっぱりそうだったんだ」みんなが言っている。


 掲示板に貼りだされた校内新聞に英語スピーチコンテストで特別審査員賞を受賞したことが書かれていた。「新井大地は『To be or not to Be』シェイクスピアのハムレットのフレーズを使い、マイノリティ弱者であることをどう受け入れ、どう接するかを弁論し、審査員の心を震わせた」と書かれてある。

「大地・・・」

 三人もどう俺に話しかけていいか分からない様子だった。

「俺が守る」

 竜二が優しく声をかけてくれる。

「いいよ。別に事実なんだし」

 ちょっと声が震えているのが自分でもわかる。

「Because I am Gay and I am Happy だろ?」

 俺は目を丸くして竜二を見た。原稿を渡してから何も言ってこなかったのに、俺のスピーチ覚えててくれたんだ。こんな気持ち初めてだ。

「ああ、そうだよ。だから平気」とは言ったものの、やっぱり教室に入りづらい。

 

 結局俺は正門を目指して逃げ出してしまった。


 俺はだめだ。あんなに審査員の前では粋がってたのに、いざ学校中に知られると。やっぱり怖い。一人になれる場所、一人で居れるところ、俺は無我夢中で走っていた。駅前を過ぎ、自然に港のターミナル三階を目指していた。あそこに行けばこの時間なら誰もいない。久しぶりに走ったせいか息が上がる。落ち着け、落ち着け、深呼吸しながらターミナルの階段を上がる。


「よかった、やっぱ誰も、いない」

 海を眺めながら独り言を言いながら地べたに座った。まだ朝日が登っている最中だった。海に反射する陽が眩しくて目が眩む。

 五分くらい経った頃だった。コツ、コツ、コツ、誰かが階段を登ってくる。俺は咄嗟に立ち、なぜ高校生がこの時間にここにいるのか言い訳を考えていた。

「お前よ〜、携帯くらい出ろや」

 聞き覚えのある声。竜二が目の前に息を切らしながら立ってる。俺はまた地べたに座った。

「なんでここが分かった?」

「あれに書いてあっただろ、どんなに強い自分でも、一人になりたい時がある。そんな時はターミナルへ行き、海を眺めるって。ここしかないだろうよ」竜二が俺の左隣に座った。

 俺の頭をポンポンしながら「俺が守るって言っただろ」竜二がすごい逞しくみえた。

「ありがと」

 頭を竜二の右肩にそっと乗せると「なんか違う」って言いながら右腕を動かされた。嫌だったかなと思った次の瞬間、後ろから右肩掴まれ、ギュッと竜二の方にひき寄せられた。


「こっち」

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