第9話 6月下旬
結局、みんなに自分がゲイだということがバレて、二日間学校を休んでしまった。竜二に、向井、玲花は味方をしてくれるのは分かっていたが、どうしても学校の門をくぐる勇気が持てなかった。
週末に心配してくれたハリマーから連絡があり、あの日、向井と玲花がホームルームの時間を使って、みんなに対して、LGBTQについての勉強会を開いてくれたらしい。ハリマーもあの校内新聞は申し訳ないと担当した生徒を注意してくれたらしい。
梅雨なのに今日の窓からは朝日の光が差し込んでいた。いつもの様にアラームをきるため、携帯を手にしたら、向井からTWINがきていた。
【朝のホームルームで、もし大地がいいならあのスピーチしてみない】
もうみんなも俺がゲイなことも知っているし、みんなが聞かせってって言うならと、オッケーした。紙の原稿は竜二にあげたからないが、携帯に保存していた。
学校に着くと、クラスのみんなは「ごめん、何も知らなくて」と謝って来てくれたが、実際はどう思われているかわからなかったのが本音だ。ただ少しでもLGBTQに関して理解を示してくれているのかと思うと、嬉しかった。
「新井からみんなに話があるそうだ」
ハリマーから紹介を受ける。教団に立ち、知っている顔ばかり見ると、やっぱり震える。スピーチ大会とは違う雰囲気だ。向井と竜二と玲花が心配そうに俺に視線を送っているのが分かった。
「To be or not to be……」
緊張の中、俺は深呼吸をしてから始めた。
スピーチが終わるとみんなが拍手をしてくれた。別に全員に受け入れてもらおうなんて思っていない。ただ一人でも多くの人にLGBTQの人が身近にいるんだよということを知って、感じてもらいたかった。
ん? 泣いてる男が一人いる。竜二・・・いや、お前泣かなくていいじゃん。内容知ってるし。俺は席に着いた。
よかったよーって言いながら後ろから肩を揺さぶられる。お願いだからやめてくれと思った。でもこれが竜二なりの俺への最大の優しさなんだろうなと思うと胸が熱くなった。
ふと、外を見ると朝の日差しはなくなり、まだ朝なのに夜みたいに暗くなって、雨が降っていた。もうすぐ七月だと言うのに梅雨のせいで肌寒い。
半袖にしてくるんじゃなかったと後悔した。
「今日、やっぱ寒いよね」
俺は竜二の方を向き、同意を求めた。
「全然? いや、暑いだろ。蒸し蒸しするし」
竜二が何かを思い出したようにカバンを探っている。
「これ着ろよ」
学校指定の茶色の薄手のセーターを差し出された。サイズはLサイズ。いつもSサイズをきている俺には大きすぎる。
「いや、デカすぎるし、いいよ」
大きいサイズを着るとお父さんの服を着ているみたいになるので、断った。
「いいっていいって。遠慮するなし。最近オーバーサイズ感出すの流行りだろ」
竜二がそう言うので、とりあえず着てみたらちょっとほのかなシトラスの香りがした。
「竜二の匂いがする」
「なんだそれ」
竜二が顔を赤る。
「なあ、今日も残って勉強してから帰ろうぜ」
「いいよ」
俺は広角をあげて、前を向いた。
放課後、向井と玲花は今日は塾があると言い先に帰った。雨のせいかもうまだ6時だってのに外は真っ暗だ。グランドも誰も居ない。強い雨の音だけが聞こえる。妙な静けさが、ちょっと怖い。
「なぁなぁ、学校の七不思議ってまじあるかな?」
「う〜ん、あるんじゃない?」
俺は世界史の勉強に集中したかったので適当に返事をした。竜二の悪いくせだ。ある程度集中し勉強したら、何かと話したがる。
「ほら、トイレの花子さんとか・・・ワッ!」
後ろに座っている竜二が脅かしてきた。
「ワッ」
まじで心臓が止まるかと思った。
「勉強しないなら、俺、帰るよ」
「分かった、分かった・・・ワッ!」
竜二に後ろから抱きしめられた。
「やめろよ」
竜二を振り払い、俺は帰ることにした。借りてたカーディガンを脱いで竜二に投げつけた。
「なんだよ、怒んなって」
竜二は少し驚いていた。別に竜二の勉強する態度が気に入らないとかではない。何が原因でこんなに腹を立ててるのか分からない自分がいた。でも、きっと俺はどこかで、何かを竜二に期待をしていたのかもしれない。けど、その何かが分からない。教科書をカバンに乱暴に突っ込み、教室を出て、1階へ駆け下りた。梅雨の時期はいつも折り畳み傘をカバンの中に入れてるが、それもささずに外にでた。
「待てよ、大地」
竜二も慌てて追っかけてきた。俺は竜二の足が速いのを忘れていた。すぐに追いつかれ、腕を掴まれた。あの時、そう保健室で起きた時のような、強い力で。「やめろ、離せ」と言っても離してくれない。そして引っ張られるまま校舎の非常階段の間下に連れてこられた。
二人はずぶ濡れだが、非常階段のおかげで雨は防げた。
ようやく竜二が腕を離してくれた。
俺は壁を背に、竜二と向いあった。
「ハァ、ハァ、ハァ」
胸が苦しい。少しの間、二人の息、鼻を啜る音、そして何事もなかったように降り続ける雨音だけが耳に入ってきた。
その静寂を切る様に、竜二が話し出した。
「俺、わかんないんだよ。どうしていいか」
「どうしていいかって」
「俺、お前のことさ、一年の頃から好きだったんだよ。めちゃくちゃ好きなんだよ」
「じゃあなんで、あの原稿渡したのに、連絡くれなかったんだよ。あの時、言ってくれてたらよかったじゃん」
「怖かった。あのスピーチ、何度も何度も読み返した。全部理解した。お前がゲイであることも。でもだからってお前が俺を好きかどうかなんてわかんないじゃん。俺がゲイであることをお前が受け止めてくれるのかってのも。俺がゲイだって告白したらお前との関係が変な方向に向くんじゃないかって。だからこうやってっちょっと距離があった方がいいんじゃないのかって」
竜二の声が震えていた。
俺は泣いてしまった。耐えられなくて泣いてしまった。俺はいつの間にか竜二をこんなに苦しめていたなんて。なんて自分勝手だったんだ。竜二の言う通りかもしれない。自分がカミングアウトしたからって人にカミングアウトしろって無言のプレッシャーを勝手に押し付けてた。
「ごめん・・・」
泣きじゃくる俺の涙を、竜二が指で拭い、顎をクイっと上にあげられた。
「大地、俺はお前が好きだ。」
雨で冷やされた壁で、背中は冷たかった。
でも、竜二の暖かさを初めて、唇で知った。
「俺も・・・」
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