第29話 12月初旬

「え〜、みんなにお知らせがあります。伊吹、お前から言うか?」

 朝のホームルームで担任のハリマーが竜二を残念そうに見る。

「いや、大丈夫っす。先生、お願いします」

 竜二が照れているのか、遠慮しているのか分からなかった。

「分かった。伊吹だが、お父さんの仕事の都合で、引っ越すことになった」

 クラスが一気にざわつき始めた。「何で?」「こんな時期に?」とみんなが小声で隣の席の子と言い合ってる。

「時期も時期だから、ご両親と相談して、卒業まではこの宮ノ原高校に席を置くことになった」

「え、じゃあ卒業までいるんだ」

 クラスの誰かが発言した。

「籍置くって」「どうゆこと?」「高校生で一人暮らし?」「おばあちゃん家とかじゃない?」「でもよかった〜」「みんなで卒業したいもんな」そんな声が聞こえてくる。竜二はクラスの中心メンバーで、みんなから愛される存在だったため、安堵の声が多かった。

「いや」

 ハリマーのこの言葉で、みんなが一斉に口をつむいだ。暖房の音だけが聞こえる。

「伊吹は二学期までしか、この学校には来ない」

 クラスの雰囲気がまた暗くなった。

「だから、おまえたち、残り少ない伊吹との時間を大切にするように」

「……はい」

 クラス全員が返事をした。

「先生からは以上、これにて、朝のホームルームは終了」

 みんなが竜二のところへ集まる。俺は一歩出遅れてしまい、蚊帳の外になってしまった。


 昼休みになって、俺たちはいつもの様に、窓際の一番後ろに集まり、机を合わせ、椅子を持ち寄り、昼飯を食べていた。玲香と向井はお弁当を、竜二は焼きそばパンを頬張っている。

「ちょっと、な〜んでもっと早く言ってくれなかったのよ!」

「ん〜だって、こないだ決まったし」

 口の中にまだ焼きそばが残ってるのか、口を閉じながら竜二が頑張って喋っている。

「そうなの?」

 玲花が疑っている。

「いやさ、俺だってこんな時期に引っ越すの嫌だぜ」

 みんな頷いてる。

「でもさ、籍だけ残すってどういうことだよ?」

 向井がお弁当にあるミニトマトを器用に箸で食べながら聞いた。

「なんかよ、ハリマーが調べてくれたんだけどよ、とりあえず、出席日数が百三十三日あれば卒業できんだと」

 竜二が脣を尖らせながら「と」を発音した。

「なるほど。確かに、高三の三学期なんて学校来るやつ少ないって先輩も言ってたし」

 向井が一瞬にしてミニトマトを食べ終えていた。

「大地、今日静かだな」

 竜二が俺を気にかけてくれた。

「ショック受けてんのよ、あんたのせいで」

 玲花が無駄に怒る。

「いや、俺、食事中、もともと話さないし」

 デートの帰りに素気なくしてたけど、時間が経って寂しさが押し寄せて来ていた。でも、バレないように、その場を繕いだ。竜二を悲しませたくはなかった。一番悲しいのは竜二だから。


「大地、苺大福パンちょっと頂戴」


 俺は苺ミルクを飲みながら、今日、苺大福パンなんて買ってないと思った瞬間だった。


竜二が俺のほっぺをかじってきた。


「やっぱりうめえな」と言いながら、口の中には何も入ってないのに、得意気にもぐもぐしている。

「竜二、やめろし」

 俺は制服の袖でほっぺを拭いた。向井と玲花が竜二の大胆な行動に固まっている。

「学校だぞ。みんな見てるかも知んないじゃん」

 向井が竜二に注意した。

「思い出、思い出」

 竜二がニッコリしながら、手を頭の後ろで組んだ。

 

 俺は初めて、向井と玲花がいる前で、最大級の下ネタをお返しに竜二に贈った。


「じゃあ今度、俺の苺ミルク飲む?」

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