第28話 十一月下旬

 朝から寒い。窓から外を見る木は、枯葉がすっかり地面に落ちている。今日は大地との大事なデート。あのことを伝えなければと俺はダークグリーンのモッズコートを羽織って家を出た。


 駅に着くと大地が黒のキャップを被り、ネイビーのパーカーにブラウンのボアブルゾンできめている。大地の可愛さを再確認した。

「大地、おはよ。やっぱ、お前、かわいいな」

 キャップの先を摘んでちょっとだけ下に向けた。

「やめろよ」

 大地は帽子を直した。

「おはよ」

 なんでか恥ずかしそうに、上目遣いで俺の方を見てきて、微笑んだ。あ〜これはやばいやつじゃん。鼻血出そう。

「よっしゃ、行くか」

 大地は二人っきりになると、いつもほんの少しだけ、俺の後ろをついていくように歩く。

 


 海沿いを走る電車から、二人で外の景色を見ながら、俺たちはお互いの好きな曲を聴き合ったAirPodsで片方ずつつけて。大地のおかげで「HAUの『会いたいけど』」がめちゃくちゃ、いい曲だと分かった。


「知ってる? 八時ちょうどに観覧車の一番上でキスすると、その二人はずっと一緒になれるんだって」

大地が急にサイトを見せてきた。「ずっといられる方法」って書かれてある。


 あっという間に電車は遊園地駅前まで着いた。文化祭の振替休日が今頃ってのもちょっと考えるとこがあるが、平日の水曜日ということもあり、駅は閑散としていてラッキーだと思った。遊園地はもちろんお世辞にも人がいると言えないくらいガラ空きだった。


「乗りたい放題じゃねぇか!」と、心の中で呟いたが思い出した。

「ハッ! いかん、いかん。今日、これはデートなのだ。大地優先、大地優先」

 

 俺は自分に言い聞かせた。俺たちは遊園地のゲートを潜った。


「もう一回乗ろって、勘弁してよ。次、四回目じゃん。竜二、一人で乗ってきて」


 俺はジェットコースターが好きだ。五回目で、なんで一人で乗ってるんだ? しかも二回も。 ハッ! やっちまった〜。大地優先のこと楽しすぎてすっかり忘れてた〜。俺はなんてことをしちまったんだ。よし、まあ、もう乗ってしまったものは仕方がない、とりあえず降りたら謝ろう。


「ごめん、大地。おまえを一人にして」

「なんで謝るの?」子猫のような目で見てきた。

「いや、ほら、デートだしよ、一緒に行動すべき、なの、かな〜」

 俺は少しどもってしまった。

「俺は竜二が楽しんでる姿を見てるのが好きだよ」

 神様かーーーーい!

「俺の方こそ、ごめんね、そんな気、使わせちゃって。本当は一緒に乗りたかったんだけど、実は苦手で」

俺のコートの袖端を持って、揺らしながら大地が喋っている。大地よ、俺のために三回も頑張ってくれたのか! 俺はこの上なき、嬉しさ。

「ソフトクリーム食べようぜ」

 俺は提案した。

「いや、無理だし、今。まだちょっと気持ち悪い」

 すぐに却下された。

「ちょっと座るか?」

「いや、いい。あそこ行こ」

 大地が指を指した先にはお化け屋敷と書かれた看板があった。


 お化け屋敷といえば、遊園地デートの三大イベントのうちの一つだろ。今、もうここでこの切り札を使っていいのか。というかもうジェットコースターという切り札も、もう使ってしまったぞ。いや、大地があそこに行きたいって言っているんだ。行こう。俺の男らしさを見せてやる。


「いやーーーーぎゃーーーーーー」俺は出口を目指して走った。大地の手を持って。そして出口から少し出たところで俺は止まった。急に、走ったせいか、息切れが酷い。俺は前屈みになった。

「大地、結構怖かったな」

「……」


 なぜ大地は返事をしないって、大地がいなーーーーーーーい。なぜいない。俺が持っているのは ウワ! お化けの手じゃん。なんで? なんで? どゆこと? 出口の方を見ると大地が歩いて出てきた。またしてもやってしまった。


「竜二、まじでなんなの?」

「ごめん、本当にごめん。まじでごめん」

「サイテー。一人残して走ってくとか」

 サ、サ、サ、サイテー。そうさ。どうせ俺はサイテーな人間だ。子猫みたいなおまえをあんな怖いお化け屋敷に残すなんて。サイテーだ。男らしさのかけらもないじゃないか。

「本当にごめんなさい」

「じゃあ罰として、あのパンダに乗って来てください」

 百円入れたら、動くやつだ。

「一人で?」

 俺は淡い期待を抱いた。

「もち」

 一瞬にして期待はぶちのめされた。


 仕方ない。男、竜二を見せてやろう。俺は小さい子供たちだけが他のパンダに乗るなか、一人で乗った。大地が笑いながら携帯で何度も何度も写真を撮っている。嬉しそうに。そのうちパンダは動かなくなった。

 それから俺たちは色んな乗り物に乗った。遊園地にあるゲーセンにも行って、ぬいぐるみを取った。大地が。


 陽も暮れ、ライトアップされた遊園地はイルミネーションで輝いていた。

 俺は最後の切り札を使った。

「観覧車乗ろうぜ」

 俺たちは少し、周りの目線が痛かったが、俺らは向かい合って、観覧車に乗った。ゴンドラがゆっくりと上に昇っていく。大地は窓に張り付いて、外を眺めている。こうやって大地の横顔を見てると、あの花火大会を思いだす。

 観覧車が一番上到着した。

「あっ。竜二、ハチ……」

 俺は大地にキスをした。

 何分間キスしたか分からない。でも時計を見たら八時を過ぎていた。この時だけは、人の目なんかどうでもよかった。

「竜二、あの噂、ちゃんと覚えててくれてたんだ」

「まあな」

 これは成功かな。俺たち二人は少し、恥ずかしがっていた。


 観覧車を降りた俺たちは、もう乗りたい物もなく、帰ることにした。俺らは人混みを避けるために、遠回りをして駅に向かった。誰もいない。街灯だけが虚しく道を照らしている。そして俺は先月から大地に打ち明けなければならないことがあった。意を決して大地に告白をした。


「大地、俺、引っ越すんだ」


「引っ越すって?」

 大地は急に手を離して歩みを止めた。

「東京に引っ越すんだ。年末に」

「なんでこの時期に?」

 少し不思議そうに聞かれた。そりゃ、大体引越しって三月か八月だもんな。

「親父の仕事で」

「そっか」

 そっけない返事が返って来た。俺たちはまた歩き出した。手を繋がずに。

「おまえ、悲しくないのかよ? 俺は悲しいぞ」

「悲しいも何も、そりゃ竜二と会えなくなるのは寂しいけど、毎日テレビ電話すればいいじゃん」

「でも俺たち遠距離になるんだぞ」

「大学受かったら、東京に上京するし。年末に引越しってことは、一月、二月、三月。三ヶ月会えないだけじゃん」

 ごもっともな答えが返って来た。

「でも、どうするよ? 俺がどこぞこの東京のやつを好きになったら」

「どこぞこのって、竜二、昔の人みたいじゃん」

 大地が笑った。

「竜二は好きになんないよ」

 手を突っ込んでいたモッズコートのポケットに大地が「寒い」って言いながら、手を入れてきた。

「そうだな」

 俺は大地の手を強く握りしめた。

 この先を曲がれば駅前の大通りに出る。だが、俺はこのまま、人がいない通りから出たくなかった。

「大地さ、次の駅まで歩いて帰ろうぜ」

「歩いたら一時間半くらいかかるよ?」

 大地は疲れてるのか、少しダルそうに言ってきた。

「いいじゃんか」

 まだ大地と一緒に手を繋いで帰りたかった。

「じゃあ、いいよ。でも」

 ちょっと甘えた声で、大地は手を離した。

 次の瞬間、急に体が重くなった。大地が俺の背中に勢いよく乗ってきた。

「ちょっと疲れちゃった。おんぶして」

 耳元で呟かれた。

「しゃーねーな」と言って俺は体勢を整えた。

 また耳元で呟かれた。

「竜二の匂い、好き」

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