第35話 Beginning of February

 俺の横を歩く後輩で彼氏の木崎の怒った顔は、からかって不貞腐れる大地の横顔に似ているな。きっとこういうことなんだろう。木崎が怒る理由は。俺が木崎をどこかで大地に結びつけ、満足していたような気がする。


「向井先輩は僕じゃなくて、新井先輩が好きなんです」なんて言われたら、どう言い返していいか分からなかった。


「ごめんな、旬。お前にそんな気持ち抱かせて」

「すみません。言い過ぎました」

「いいんだよ。大地は俺の初恋の人だからさ」

 木崎はどこか納得した表情を浮かべた。

「新井先輩は、知ってるんですか?」

「知らないんじゃないかな」

____

 俺は中学二の終わり、ちょうど今くらいの季節に、大地に初めて話しかけた時のことを思い出した。中一からずっと一緒だったけど、大地は無口で、本が好きで、クラスのみんなとはあんまり喋ろうとしなかった。もちろん業務連絡的なことで話しかけたことはあるが、それ以上のことは話さなかった。


「この曲で異議がある人は挙手してください」

 俺はその時、学級委員長で三週間後の合唱コンクールの曲についてみんなで話し合っていた。

「挙手がないので、この曲に決めたいと思います。指揮者と伴奏者を決めたいのですが、誰か立候補する人はいませんか?」

「指揮者、向井でいいじゃん」誰かが発言してみんな頷いていた。俺は一年生の時にもしていたし、別に指揮をするのは嫌じゃなかった。

「伴奏したい人はいませんか?」

 何人か女子の名前が上がったが、思春期の女子はみんな拒否した。どこからか「新井くん、ピアノ弾けるじゃん」という声が上がった。大地は今まで上の空で参加してた話し合いに自分の名前が出てきたのか驚いていた。

「新井、ピアノ弾けんの? すげーじゃん」と男子が大地も持ち上げた。でも大地は顔を横に振った。

「新井、やってみないか?」担任の先生が大地を推す。

「わかりました」

 大地は渋々了承をした。


 放課後、俺と大地は一緒に音楽室に行き、音楽の先生に報告しにいった。

「あら〜新井くんに決まったのね。はい、これ楽譜。ちょっと弾いてみる?」

「新井くん、弾いてみてよ」

 俺は指揮者としてというより、個人的に少し、大地を知りたかった。大地がピアノの椅子に座り、楽譜を読み始め、音を出して確認していく。十分ぐらいたった頃、大地が完璧に最初の間奏を弾いた。俺は鳥肌がたった。大地のピアノを弾く姿に。

「もういい?」と大地に聞かれた。

「え、うん、いいよ。すごいね。新井くん」

 

 雪が降っていたため、サッカー部の練習はなく、俺は大地と一緒に帰ることにした。

「新井くん、すごいじゃん。なんで今まで黙ってたの?」

 音楽室から靴箱へ向かう中、俺は改めて大地を褒めた。

「自慢することじゃないから」

「いや、自慢できるよ」

「そうかな。俺なんかより弾ける人いっぱいいるよ」

 大地は俺の少し後ろを歩きながら謙遜していた。

「俺は弾けないよ」

 俺は大地の方を見ながら階段を降りたので、転けてしまった。

「いた」

 冬服だったので手のひらだけ擦りむいた。

「血、出てる。保健室行かなきゃ」

「大丈夫だよこれくらい、水で洗えば」

「だめだよ、バイキンとか入ったらやばいし」

 大地は心配そうに俺を見つめた。俺たちは保健室に行くことにした。保健室のドアを開けると、電気はついてるが、先生はいなかった。大地は何かを探しているようだった。

「あった、あった」アルコールだった。

「向井くん、手、貸して」俺は大地の言う通り、手を出した。大地はテキパキと俺の手を消毒して、絆創膏を貼ってくれた。

「これで、よし」

 大地は自分で頷きながら、俺の方を笑顔で見た。初めて見る大地の笑顔に俺の心は奪われた。

「勝手に使ったこと先生には言わないでね」と「し!」というポーズをしながら念を押された。この時から俺は大地に恋をしていたんだと思う。 

_____


「でも大地、それ以来、俺の前ではピアノ弾いてくれないんだよな」

「なんか羨ましいです。そういう出会い」

 木崎が俺がまた大地の話をしたから、少し不機嫌になった。

 俺は木崎の頭をポンポンして言った。

「お前もいんだろ? 初恋の人」

 木崎旬が俺を見た。

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