第6話 五月下旬

 朝からテンションは上がっていた。泣いても笑っても負けたらこれが最後なんだと自分に言い聞かせた。俺は母さんと親父に「今までありがとう。行ってきます」とお辞儀をして外に出た。「最後まで諦めちゃダメよ」と母さんが叫ぶ声が聞こえた。小学校から続けてきたサッカーもこの試合次第で終わるんだな、と思うと少し寂しい。


 駅で部活のメンバーと合流し、試合会場へ向かう。春樹も緊張してるのか口数が少ない。


「玲花も大地も見にくるってさ」

 聞いてないよおぉぉぉぉ。と思いながら春樹の方を見て、俺は鼻息を荒くした。

「これは頑張らねば」

「空回りすんなよ」

 春樹は笑っている。

 

第一試合 九時にホイッスルが鳴った。四十四分経ったが俺たちに流れは来ていなかった。

 

「3−0」玲花が悲しげに言った。

 前半終了のホイッスルが鳴る。チームの雰囲気は外から見ても最悪だった。ハーフタイム中、春樹もなんとかチームを立て直そうと覇気を飛ばすが、なかなかうまく行かない。みんなが下を向いている中、マナーモードにしていなかった俺の携帯から「TWIN」と聞こえてきた。開いてみると〈頑張れ。最後まで頑張れ〉と書いてある。それと同時に色んな人の携帯が鳴った。みんな彼女、友達、親たちからだ。

 

 そう、これが大地からの初めてのメッセージだった。


「最後まで諦めずに戦おうぜ」

 俺はみんなを鼓舞した。

「おー!」

 なんか青春だなとこの光景を焼き付けるように俺たちはコートに戻った。


 後半開始のホイッスルが鳴る。

 なんとか春樹のアシストで1点は返せたが残り5分。でも最後まで諦めない。大地も見てるんだ。みんなも応援してくれてるんだ。

 俺にシュートを決めるチャンスが来た。ここで決めなきゃ誰が決める。相手を振りかざし、蹴ったボールは相手ゴールに引き込まれていった。


ピーーーー 


「オフサイドかーい」観客席が一瞬にして落胆するのがわかった。

 ここで試合終了のホイッスルが鳴った。結局4−1で負けた。ホイッスルが鳴った瞬間、俺は泣いていた。春樹の方を見ると膝から崩れて泣いている。みんなそうだった。

 春樹を支えながら並び、相手チーム、審判、そして応援してくれたみんなに敬礼した。みんなが拍手してくれている。大地も泣きながら拍手してくれている。でもまともに見ることができない。俺たちは控え室に向かった。

 まだみんなが泣いている中、春樹がキャプテンとして発言してくれた。

「みんなありがとう。もう、泣くのはやめよう。みんな頑張った。みんな最後まで戦った。みんながいたからここまで楽しくやってこれた。2年のみんな、これからは君たちの時代だ。頑張ってくれよ」

「春樹、お前が一番泣いてんじゃねーか」

「うっせえ」みんなが笑い始めた。

 

 シャワーを浴びてると春樹が後ろから「よっ」って隣でシャワーを浴び出した。


「もうこやって一緒にシャワーも浴びることもないな、春樹」

「そうだな、竜二。」


「お前、デカくなったな」

 この試合会場の男子更衣室は下半分だけで区切られてい。俺は部活の合宿で、高一の頃から春樹のを見ているから別に欲情しなかったが、改めて見ると自分よりやっぱりデカいしズル剥けだと再確認した。俺は右手で素早く自分のも剥いた。


「いや、見んなって」

 春樹がすぐさま手で隠す。


「てか、祐介先輩も来てたぜ」

「知ってる」

「そか・・」


「実は別れたんだ。こないだ迎えに来てくれてただろ、あの時にさ、東京に好きな人が出来たって」

 春樹がシャンプーで目が開けれないのか、それとも開けたくないのかは分からなかった。


「なんでお前言ってくれなかったんだよ」

「いや、なんか言い出せなくてさ。試合もあったしさ」

 

 俺たちはシャワーを浴び終え、制服に着替えて、外へ向かった。これで俺のサッカー人生は終わりかと思うと少し寂しい。ただ思いっきり泣いたせいか、スッキリもしている。今日から受験へ向けて勉強、勉強と切り替えるように頭の中で何度も繰り返した。

 

 大地と玲花が待ってくれていた。

「お疲れ様」

 二人は笑顔で迎えてくれた。

「試合には負けたけど、二人ともカッコよかったよ。ちょっと見直しちゃった」

 玲花がちょっと照れている。

「ありがとう」

「向井、これ」

 玲花が春樹に手紙を渡している。こ、こ、これは、もしや、ラブレターか。しかもこんな堂々と。俺や大地もいるのに。玲花ごめんよ、春樹はゲイなんだよ〜。しかもお前の兄貴と付き合ってたんだよ〜。

 玲花が春樹に話しかけているが、春樹は目を真っ赤にしながらただ頷いてるだけだった。すると大地が俺に紙を渡してきた。もしかして、おまえ、俺にラブレターでもくれんのかと期待してしまった。


「竜二、これ。スピーチ大会の原稿。約束しただろ、試合が終わったら教えるって」

「そうだった」

 ラブレターじゃなかった。

「忘れてた?」

 大地が俺の顔を覗き込んできた。

「忘れるわけがない」

 本当に忘れていない。俺は折り畳まれた紙を開こうとする。

「家に帰って見て」

「わかった」

 俺は大事に生徒手帳の中にしまった。

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