4-2 リベンジャーズ・ハイ


 モンステルの残した置き土産の爆破人形が迫りくるとき、チューミーの足は瓦礫のあいだに挟まり、抜け出せない状態だった。

 なによりもめんどうなのは、のっぺらぼうのマスクは、衝撃を受けるか、あるいは生命活動の停止に反応して自爆を起こすことだ。

 普段のようにカタナで迎撃するということができない。

 ケタケタ、と笑うのっぺらぼうのマスクが、こちらに向かって飛びかかってくる。

 そして、今にも接触しそうになったとき。

 どこからか割って入ってきた長躯の男が、グオン、と長い腕を振るった。

 相手の頭を鷲掴みにし、怪力で握り潰して放り投げる。のっぺらぼうマスクが間近で爆発するも、その爆圧を巨大な棺で受けた。

 その長身の粛清官は、まるで一切の熱攻撃が効かないかのように、自分の眼前に立っていた。


「よォ、チューミー・リベンジャー。無事……でもなさそうだが、ま、生きてはいるようだな」


 ボッチはかがむと、チューミーを不自由にしていた瓦礫をひょいと投げ捨てた。

 ごほごほ、と濃い咳を吐いて、チューミーは言う。


「ボッチ……! お前、今までどこに……!」

「ここから先は、一刻を争う。ちょっと、おとなしくしていろ」


 ボッチはチューミーの首輪の内側に指を挿しこむと、スイッチを押した。

 キュイン、と起動音が鳴り、表面に灯っていた赤いライトが点滅を始めた。


「よし。問題なく作動しているな」


 ボッチは満足そうにうなずくと、あらためて周辺の惨状を見やった。


「しかし、こりゃ酷ェな。大小含めていろんな手立てを想定してはいたが、こいつはさすがに斜め上だ。全部終わったら始末書モンだな」


 ボキボキ、と指の骨を鳴らして、ボッチはだれにでもなく口にする。


「フッフッ。粛清し甲斐があるってもんだぜ、スマイリー」


 チューミーはカタナを地に突き刺すことで、すんでのところで倒れずにいた。

 身体は疲労困憊の極みにある。

 それでも倒れていないのは、どこかこの場所と既視感のある教会でボッチと相対したときも、けっして最後まで諦めなかったのと同じ動機だった。

 その姿に向けて、かぼちゃ頭が告げた。


「それでこそだぜ、チューミー。それでこそ、おまえを加えた意義があるってものだ。まだ、戦れるよな?」

「当たり、前だ……!」


 ボッチの問いに、チューミーは噛みつくように答えた。


「だが、ボッチ。囮作戦は失敗だ。連中は、すでに姿を消している。追う手立ては、もう……」

「安心しろ。そのための保険こいつだ」


 ボッチは、チューミーの首輪を指でさした。

 見れば、首輪から漏れる砂塵粒子が、まるでどこかへの道筋を示すかのように、細い線を形成している。


「これはいったい……」

「詳しい話はあとだ。追跡を開始するぜ、チューミー」


 その場一帯の振動が、より一層強くなった。

 フロアの出口に向かうボッチについて、チューミーはその場を離れる。

 ドドドドドド、と爆音を立てて、フロア全面にぽっかりと大きな穴が開いた。溜まりに溜まっていた瓦礫や鉄骨、のっぺらぼうマスクや狼マスクや連盟職員の死体が、深い穴倉に落下していく。

 それでも巨大な九龍アパートのごく一部の底が抜けただけであり、ルプスフェイスの占領フロアを抜けてみると、意外なほどに変わらない様子の内部に出る。

 複雑な道筋を把握でもしているのか、ボッチは入口に向けて逆走した。




 九龍アパートの入口に戻ると、偉大都市の夜景が広がっていた。

 出たところに、超がつくほどに巨大なバイクが停めてある。

 ボッチはそれにまたがると、バイクのエンジン部分から伸びているチューブと、みずからが背負う棺を連結した。発進準備をすると、ドルルルッ! と唸る。どうやら棺の塵工燃料を使って駆動する、ボッチ専用のバイクのようだった。

 ボッチはチューミーの首根っこを掴むと、自分の前に乗せた。

 小柄な身体がちょこんとおさまる形となる。


「な、なにをする……!」

「こんなオッサンの膝の上は嫌だろうが、緊急事態なんだだ。我慢しろよ、チューミー。そのまま、きっちり前を向いてろ。おまえがレーダーなんだからな」


 ボッチは首輪から漏れる砂塵粒子の示す先を見ると、バイクを転回させて、猛スピードの走行を始めた。

 途端、凍えるような冷風がチューミーの肌を刺す。


「この方向、海側か。とすると、十番街のほうか。フッフッ――なるほど、まさか跡地を使っているのか? なにかしら美学でもあんのか……スマイリー」

「ボッチ、いい加減に説明しろ……!」


 状況がわからずに、チューミーが怒号を浴びせる。すさまじい馬力で二人を運ぶバイクが風を切り、ボッチのローブをバサバサと暴れさせていた。


「黙っていて悪かったな、チューミー。シルヴィが誘拐の代行者だけではなく、スマイリー側に直接さらわれるところまで含めて、作戦の一環だったんだ。ま、正しくは土壇場でプランBに変更という形だが、いずれにせよ想定内であることに変わりはねェよ」


 偉大都市のネオンサインが通りすぎていくのをバイザーに映しながら、チューミーはボッチの話を聞いた。


「チューミー。おまえ、ロウノ・バベルズの身柄を抑えたとき、なにか妙だとは思わなかったか?」

「どういうことだ?」

「あれだけ徹底して口封じを行ってきたスマイリーだ。末端構成員を若干名取りこぼす程度ならともかく、首領の、それもリスト所有者のロウノをみすみす逃がすとは考えづらくねェか?」


 その言い分に、チューミーは一考した。

 たしかに、あれほど事がうまく運ぶとは思っていなかった。

 幸運のひと言で済ませていたが、これまでの調査と照らし合わせると、契約破棄が行われた人間が何日も生き延びていたケースはほかになかった。


「それはつまり、ロウノは泳がされていたということか?」

「断定はできなかったが、そう判断してもいいと思っていた。そうすると、スマイリーからすれば粛清官にわざとリストを渡した形になるな。面白ェ野郎だと思ったぜ。自分を狙う粛清官がいることを察するや否や、自分に繋がる証拠品をこっちにプレゼントしてきたんだからな。逆に罠にはめて、こちら側の戦力を削ぐつもりだったんだろう」


 フッフッと笑い、ボッチは続ける。


「アルミラ・M・ミラーの身柄はリストのなかでも最高ランクだった。そのうえ、長く身を潜めていたその令嬢が、あのタイミングで表舞台に戻るって噂が流れたんだ。向こうからしたら、粛清官の手が入っていることは明らかだっただろう。だからこそ、この囮作戦には二段階を想定したわけだ。まず、契約犯罪組織によるシルヴィ誘拐の追跡。そして、スマイリー当人によるシルヴィ誘拐の追跡だ」


 チューミーの首輪が示す赤色の砂塵粒子の道標が、大きく右方向に続いている。

 ボッチは豪快にドリフトすると、巨大なタイヤがマンホールの蓋を踏み抜いてふっ飛ばした。


「それと、こっちの手が読まれてんだったら、そのほうが都合がいい点もあった。おれとしてはスマイリーの粛清と同じくらい、やつの活動拠点の把握が重要だったからな。話を聞く限り、捕えたとしてもなにも吐かなさそうな犯罪者だ。こうして拠点が割れるんなら、それがいちばん助かるわけだ」


 言っている意味はわかるが、チューミーは言葉を返さずにはいられなかった。


「ボッチ。そこまで読んでいたのなら、どうして俺たちに黙っていたんだ」

「早とちりすんなよ、チューミー。明かさずにいたのにも意図がある。互いに相手を釣っていると思っている場合、もっとも大事なのはなんだ? そりゃ、どこまで読んでいるか気取られねェことだ」


 十番街に進入する。

 工業地帯の多いこの区画では、奥に進むにつれて人影も車も徐々に姿を失せていった。


「向こうから見たおれらは、順調に進行していると思っていた囮作戦の途中で大事な身柄を取られた大まぬけだ。こっちがそこまで勘案していたことは、ぜったいに向こうに気づかれちゃならねェ。警戒して雲隠れでもされたらかなわねェからな。だからこそ、お前にもシルヴィにも全力で抵抗してもらったし、うまく騙せたからこそ、こうしてフェーズが進行したわけだ」

「……敵を騙すにはまず味方から、ということか……」

「有り体に言うとな。使い古された方法だが、ま、いまだ健在っつーわけだ」


 それでも、依然としてチューミーは納得がいかなかった。

 大市法違反者の立場である自分は、どう扱われてもしかたのない身分である。

 むしろ、向こうからすれば捨て駒として利用するのも当たり前だとさえいえた。だが、シルヴィも同様の扱われかたをしているのは、思うところがないでもない。


「ボッチ。あんたからしたら、シルヴィは単に研究価値のある珍しい砂塵能力者というだけかもしれない。だが――俺は中央連盟のことはよく知らないが、あいつはいずれ、もっと優れた粛清官になるはずだ。ここで失うと、この先後悔することになるぞ」

「はっ、よくわかってんじゃねェか、チューミー! だからこうして、パンプキン三号でかっ飛ばしてんだろうがよ」


 ギュイン、とさらに強くアクセルを捻って、ボッチが言う。


「部下の命を蔑ろにしたことはねェよ。だいたい、このスマイリーの追跡は、おまえもシルヴィも生存していることが前提の工程なんだぜ。――しっかり前を向いてろよ、チューミー。おおまかな位置は読めたが、まだ確定じゃねェからな」


 チューミーはあらためて、自分の首に巻かれた塵工デバイスを意識した。

 ボッチが誤作動を起こしていないか頻繁に気にかけており、シルヴィにもランプの点灯をいつもたしかめるように口酸っぱく言っていた塵工デバイスを。


「いちばんの疑問だが、これはいったいなんなんだ?」

「そいつは、なかに登録してある砂塵粒子の塵紋を増幅させる代物だ。頻繁にペアリングを行う必要はあるが、うまく作動すれば、こうして同質の塵紋を感知して場所を示す。チャージに時間がかかるから一回限りしか使えないが、まさしく今がカードの切りどきだろ」


 シルヴィがこの腕輪を装着したのは、チューミーと出会う日より前のことだ。

 つまり、ボッチはやはりスマイリーのリストにアルミラ・M・ミラーが載っていることに見当がついていたということだ。


「あんた……なにを、どこまで知っているんだ?」


 それは奇しくも、ボッチに捕まった日に本部の拘留室で聞いたのと同じ質問だった。


「チューミー。おまえの持っていたスマイリーに関する情報から、辿り着いた事実がいくつもあった。とくに、やつが交換の砂塵能力者だということが判明して、その正体や目的に関しては、ある程度の推測が立ったわけだ。ま、確信に至ったのは、リストの掲載人物の共通点を洗ったときだったがな」


 どうやら目的地が近いらしい。

 海沿いにある、さびれた建物群にバイクが近づいていく。そのいちばん奥に見える、荒廃した一棟の建物を見据えながら、ボッチは続けた。


「粛清対象スマイリーは、おまえと同じ――復讐中毒者リベンジャーズ・ハイだ」

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