53話 真打

 モンステルの残した爆破人形が迫りくるとき、チューミーの足は瓦礫のあいだに挟まり、抜け出せない状態だった。

 ケタケタ、と笑うのっぺらぼうのマスクが飛びかかってくる。

 そして――今にも接触しようというとき。


 割って入ってきた長躯の男が、その長い腕を振るった。

 相手の頭を鷲掴みにし、怪力で握り潰して放り投げる。すぐ間近で敵が爆発するも、その爆圧を巨大な棺で受けた。

 その長身の粛清官は、まるで一切の熱が効かないかのように平然としていた。


「よォ、チューミー・リベンジャー。無事……でもなさそうだが、ま、生きてはいるようだな」


 ボッチが、チューミーを不自由にしていた瓦礫をひょいと投げ捨てた。

 ごほごほ、と濃い咳を吐いてチューミーは怒鳴った。


「ボッチ。お前、今の今までどこに……!」

「ここから先は一刻を争う。おとなしくしていろよ」


 ボッチはチューミーの首輪のスイッチを押した。

 キュインと起動音が鳴り、表面に灯っていた赤いライトが点滅を始めた。


「よし――問題なく作動しているな」


 ボッチは満足そうにうなずくと、あらためて周辺の惨状を見やった。


「しかし、こりゃ酷ェな。大小含めていろんな手立てを想定してはいたが、こいつはさすがに斜め上だ。全部終わったら始末書モンだな」


 ボキボキと指の骨を鳴らして、ボッチはだれにでもなく口にする。


「フッフッ――粛清し甲斐があるってもんだぜ、スマイリー」


 チューミーはカタナを地に突き刺すことで、すんでのところで倒れずにいた。

 肉体は、疲労困憊の極みにある。

 それでも倒れていないのは、あの日ボッチと教会で相対したときも、最後まで諦めなかったのと同じ動機だった。

 その姿に向けて、かぼちゃ頭が言った。


「それでこそだぜ、チューミー。それでこそ、おまえを加えた意義があるってもんだ。まだれるよな?」

「あたりまえだ……!」


 チューミーは、噛みつくように答えた。


「だが、作戦は失敗だ。連中はすでに姿を消している。追う手立てはもう……」

「安心しろ。そのための保険こいつだ」


 ボッチが、首輪を指した。

 チューミーが見ると、首輪から漏れる砂塵粒子が、まるでどこかへの道筋を示すかのように細い線を形成していた。


「なんだこれは……」

「詳しい話はあとだ。追跡を開始するぜ、チューミー」


 その場一帯の振動が、より一層強くなった。

 フロアの出口に向かうボッチについて、チューミーはその場を離れる。

 ドドドドドド、爆音を立てて、フロアにぽっかりと大きな穴が開いた。

 フロアを圧迫していた瓦礫や鉄骨が、この場に生まれた死体を巻きこんで、深い穴倉へと落下していく。

 それでも巨大な九龍アパートのごく一部の底が抜けただけであり、ルプスフェイスの占領フロアを抜けてみると、意外なほどに変わらない様子の内部に出る。

 複雑な道筋を把握しているのか、ボッチは入口に向けて迷いなく逆走した。




 九龍アパートの入口に戻ると、偉大都市の夜景が広がっていた。

 出たところに、異様に巨大なバイクが停めてある。

 ボッチはそれにまたがると、バイクのエンジン部分から伸びているチューブと、みずからが背負う棺を連結した。発進準備をすると、ドルルルッと唸る。どうやら棺の塵工燃料を使って駆動する、ボッチ専用のバイクのようだった。

 ボッチはチューミーの首根っこを掴むと、自分の前に置いた。

 小柄な身体が、ちょこんとおさまるかたちとなる。


「なにをする……!」

「こんなオッサンの膝の上は嫌だろうが、緊急事態だ、がまんしろよ。それより、きっちり前を向いてろ。おまえがレーダーなんだからな」


 ボッチは首輪から漏れる砂塵粒子の示す先を見ると、猛スピードの走行を始めた。

 途端、凍えるような冷風がチューミーの肌を刺した。


「この方向、海側か。とすると、十番街のほうか。フッフッ、まさか跡地を使っているのか。なにかしら美学でもあんのか……スマイリー」

「ボッチ、いい加減に説明しろ……!」


 状況がわからずに、チューミーが怒号を浴びせる。すさまじい馬力で二人を運ぶバイクが風を切り、ボッチのローブをバサバサと暴れさせていた。


「黙っていて悪かったな。シルヴィがスマイリーに直接さらわれるところまで含めて、作戦の一環だったんだ。ま、正しくは土壇場でプランBに変更という形だが、いずれにせよ想定内であることに変わりはねェよ」


 偉大都市のネオンサインが通りすぎていくのをバイザーに映しながら、チューミーはボッチの話を聞いた。

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