1-6 マスクの下の素顔


 意識を取り戻すと、チューミーはマスク越しに、知らない天井を見つめていた。

 どうやら、簡易ベッドのようなものに寝かされているらしい。

 半身を起こすと、右腕に痛みが走った。ボディスーツの右腕部が捲られて、点滴装置が刺さっていた。

 いったいここは――と薄暗い室内を見渡す。

 徐々に意識がはっきりとしてくる。

 目を凝らすと、部屋の一面は黒い鉄檻になっていた。どうやら牢屋のようだ。


「――よォ、目が覚めたかよ。チューミー・リベンジャー」


 声がして、弾けるように顔を向ける。

 檻の向こう側に、狂った遠近法のように背の高い男が座っていた。


「ボッチ・タイダラ……!」


 相手の名を口にし、とっさに武器を探す。

 が、普段の装備どころか、いっさいの持ち物が見当たらなかった。


「無駄だぜ。おまえの装備はすべて押収させてもらった。ま、仮にあったとして、まだ暴れられるほど回復はしちゃいねェだろうがな」


 ボッチの言うとおりだった。

 少し動いただけでも、身体に鞭が打たれるような痛みが走る。

 激痛に耐えかねて会話ができないほどではないが、戦うなどはとてもじゃないがかなわない体調だった。


「本当は、その黒犬のマスクをはずして経口薬液を飲ませたかったんだがな。ロックなんざかけてるせいで、そうもいかなかった。完治しなくても自業自得だからな、おれを恨むなよ」


 この黒犬のマスクは、特定のジェスチャを介さないとはずせない特殊な仕様をしている。自分の意思以外では、素顔にならないための保険機能だった。

 いかにも興味深そうな声色で、ボッチが続けた。


「おまえ、随分うなされてたぜ。なにか、悪い夢でも見てたかよ?」

「悪い、夢……」


 懐かしく、美しい記憶は、よく見る過去の情景だった。

 それがうなされていたとは露知らず、マスク越しに額を抑えた。

 それから、もういちど室内を眺める。改めて考えてみると、奇妙な状況だった。

 教会での戦闘がフラッシュバックした。

 思えば、長い夜だった。情報屋のサザキ、死体だらけのダスト正教会、ボッチ・タイダラとの戦闘。気を失う前の、教会を背景にして燃え盛る炎を思い出すだけで、あの火炎の強烈な痛みが蘇る気がした。


「俺は、どうして助けられて……。いや、そもそもここは……」

「ここは中央連盟本部の地下、簡易拘置所だ」


 それまで読んでいたらしい週刊誌を放り投げて、ボッチは答えた。


「おまえみたいな犯罪者をに搬送する前に、ワンクッションとして挟む場所だ。粛清官反逆罪の罪は重いぜ。なんせ、天下の中央連盟に歯向かったわけだ。それに加え、おまえの罪は反逆罪だけじゃねェな?」


 チューミーはマスクの下で険しい顔を浮かべた。

 中央連盟が管理する犯罪者の牢獄を、一般に工獄と呼ぶ。

 ひとたび投獄されれば二度と出ることはかなわず、過労死するまで過酷な労働を強いられるさまが、人工的な地獄に喩えられているのが、その名付けの由来だった。


「俺は……ダスト正教会の殺しには、なにも関与していない」

「そいつはハナからわかっている。おまえも見ただろ? あの連中は、どいつもこいつも雑巾を絞ったみてェな、ざつな殺され方をしている。いかにおまえの稀有な身体能力と言えど、あの死体は作れねェよ」


 ボッチが長い脚を組み直した。

 裾にこびりついている煤けた灰が、ふわりと牢屋のなかを舞った。


「おまえの罪状が反逆罪だけじゃないっつーのは、それとはべつの話だ。おまえが寝ているあいだ、いろいろと調べさせてもらったが……これまで殺したやつは数知れず、だろ? 闇社会の掃除屋よ」


 生業を言い当てられて、チューミーは驚いた。

 自分がサザキ経由で殺しの仕事を請け負っていたことを知る者は、そうはいないはずだった。だが、掃除屋とまで言い切られるとブラフとも思えず、黙って相手が二の句を告げるのを待った。

 ボッチは、着込むローブの懐から複数枚の資料を取り出した。


「この偉大都市に犯人不明の殺しなんざ腐るほどあるが、最近目立っているのに、犯罪組織の斬首事件っつーのがある。グループ同士に関わりが見受けられないことから、私怨や抗争の線ではなく、第三者依頼で動いていることまでは読めていたが……おまえの通り名と着用マスクから、逆算で辿ることができた」


 ボッチは資料から目を離すと、こちらに目をやって続ける。


「判明しているだけでも、十四番街の強盗団ファルベス、十五番街の詐欺恐喝グループRSs、十八番街の塵工麻薬カルテル。直近だと、十番街の新興誘拐業者もか。ずいぶんと活動的じゃねェか。なァ、チューミー・リベンジャー」


 すべて自分が潰してきた犯罪組織だ。どうやら、本当に犯行暦が洗われているらしい。

 サザキが自分を売ったとは思えない。提携者の秘匿情報すら節操なく売りつけるのは、いくら情報屋とて信頼されなくなるからだ。

 だとすれば、この相手の持つ情報網が常軌を逸しているのか……

 いずれにせよ、この状況では言い逃れする意味はなかった。

 正規市民ではないチューミーは、粛清官に捕えられた時点で成す術がないといっていい。


「大市法と粛清官特権に基づいて、おまえの処理はおれに一任されている」


 暗がりに染みわたるような、低い声でボッチは続けた。


「おれの言っている意味はわかるな? おまえを生かすも殺すも、すべてはおれの裁量次第ってわけだ。さて、どうしたもんか……」


 偉大都市法令――通称、大市法が保証する粛清官特権には、だれひとり逆らうことはできない。その気になれば、市民権を持つ相手すら好きにできる連中だ。


(クソ……どうしたら)


 握りこぶしを作り、思考をめぐらせる。

 生かすも殺すも、とボッチは言ったが、今後一生を牢獄の中で過ごさなければならないのなら、どちらもさしたる違いはなかった。どうにか活路を見出さねばならず、チューミーは思考を張り巡らせた。

 だが――

 重い沈黙が続いたあと、ボッチはパッと声調を変えると、


「――と。ま、たしかにおまえは犯罪者ではあるが、安心しろ。少なくとも、この場で処分をするつもりはねェよ」

「……どういうことだ?」


 意外な発言だった。ボッチは飄々とした態度だったが、嘘をついている様子ではなかった。


「それどころか、優遇してやるつもりだ。その証拠に、バカ高ェ塵工薬液を投薬してやってるんだぜ。単なる延命措置なら、炎症患部にガムテープでも貼って終いだ」


 チューミーは、自身の静脈に繋がる点滴装置に目をやった。

 奇妙な薄緑色をした液体は、純水を優れた薬効成分液に変異させる砂塵能力によって精製されている、偉大都市製の高価な薬である。


「チューミー・リベンジャー。おまえにいくつか質問があるが、わけがわからないうちはどうしようもねェだろう。先に、こっち側の事情を教えてやる」

「事情だと?」

「ああ、そうだ」


 鷹揚にうなずき、ボッチが続ける。


「――おれは今、ある犯罪者を追っている。そいつは奇妙な点が目につく、特殊な犯罪者でな。自分では表舞台に出ずに、どうやらほかの犯罪組織に誘拐を代行させているらしい。しかもご丁寧なことに、口封じに精を出していやがる。そういう犯罪者ってのはやっかいで、外部に情報が洩れづらい。だが、いちばんの問題はそこじゃねェ。おれがもっとも興味があるのは、こいつの持つ奇妙な砂塵能力だ」


 ボッチが手にしたファイルを開いて、大きな掌で一枚一枚をめくっていく。


「この犯罪者は、らしい。十中八九、なんらかの特殊な砂塵能力だが……とにかく、やつはその能力を利用して、目下この偉大都市で好き勝手に振舞っているわけだ。

 ――こいつがだれだか、おまえはよくわかるよな?」


 相手の質問に、反射的にチューミーは口にした。


「スマイリー……」

「――そうだ。そう呼ばれている男だ」


 ボッチが手元の資料をこちらに見せてきた。

 ゆがんだ笑顔をしたマスクの絵が載っていた。

 シンプルなわりに、異様なほどに人の心を惑わせる、不快なマスクデザイン。

 忘れようもない復讐相手のマスクと相対して、チューミーの肚の奥底で、黒い焔が渦を巻いた。


「チューミー・リベンジャー。おまえは、スマイリー粛清に関する重要参考人だ。それは、ただおまえがスマイリーを個人的に追っていたからだけじゃない。おまえはやつと、なにか個人的な確執があるんだろう。ちがうか?」


 かぼちゃ頭に彫られた双眸が、じっと観察するようにこちらを眺めた。


「この犯罪者を、おまえはなぜ追っている?……やつと、過去になにがあった?」


 その質問に、まさか――と、チューミーはありえないことを想像する。

 ボッチ・タイダラという男は、これまでだれにも話したことのない、こちらの過去すら把握しているかのような口ぶりだ。

 だが、やつがどれほどの情報網を張っていようと、まで知っているはずがない。

 相手の知り得ている情報がどこまでなのか探るため、チューミーはたずねた。


「あんた……なにを、どこまで知っているんだ?」


 ボッチはわざとらしく肩を上げると、そのかぼちゃマスクを何度か横に振った。 


「べつに、この件に関しちゃなにもわかっていねェよ。少なくとも、本格的な追跡に着手するには、まだまだ情報が足りていないのは事実だ。この偉大都市には、今や一千万人近い人間が住んでいるんだ。そんな街から、たったひとりの人間を探し出すのは骨が折れる。そして、だからこそのおまえだ」


 そこで、ボッチが立ち上がった。

 異様な長身が、広いとはいえない牢屋の天井近くまでそびえ立った。


「スマイリーに関して知っていることを、すべて吐け。やつの目的、活動期間、仲間、砂塵能力……なんでもいい、とにかく洗いざらいだ。そうすれば、おれとタイマン張ったことに免じて、おまえに恩赦をくれてやる。わかるか? おれの口利き次第では、特例で工獄の無期懲役を減刑してやることも可能なんだ」


 相手が欲してるのは、こちらの所有するスマイリーの情報というカードであることに、チューミーはようやく確信がいった。

 塵工薬液を使った厚遇も、こちらの持つ情報の有用性を見越してのことにちがいない。

 どうするのが最善の善後策か――そう考えながら、チューミーはたずねた。


「……その恩赦とやらによる減刑は、具体的にはどれくらいだ」

「おれは、あそこの獄長とは旧知の仲だ。包み隠さずすべてを話すなら、長くとも数年で出られるよう根回ししてやる。地獄の服役も緩和するし、なんなら週一でおれ特製のパンプキンジュースを差し入れてやってもいい。どうだ、破格だろ?」


 ボッチは、この恩赦による手打ちで間違いない、と確信するような口ぶりだった。

 だが、チューミーは間髪入れずに首を振った。

 検討する価値もない話だった。


「――話にならないな」

「あん?」

「俺がすべてを賭けてでも殺すと決めた男を、お前たち粛清官が横取りしようとしていることを知りながら、檻のなかでじっと待てと言うのか? そんな恩赦など、俺にはなんの意味も成さない。その条件では、俺はなにひとつ、お前に明かすことはない」


 かぼちゃマスクの向こうのにやけ面が消えたのを、チューミーは感じた。

 そのまま、こちらの言い分を通そうと言葉を続ける。


「ボッチ。恩赦というのなら、今すぐに俺をここから出せ。いいか? スマイリーは、必ず俺がこの手で殺す。それがかなわないのなら、生きていようが、死んでいようが……娑婆にいようが、獄中にいようが……そこに、一切の違いはないんだ」

「おまえ、火事場の熱で頭がどうかしちまったか? よく考えろよ」


 それまでと一転して、ボッチは冷たい声で言った。


「こっちは恩赦なんざ与えずとも、拷問して無理やり聞き出したって構わねェんだ。数日もここにいれば、ほかの独房から、嫌でも犯罪者の命乞いが耳に入るぞ。おれがすでに何歩も譲ってやっていることくらい、稚児でもわかる話だろうが。それとも、肌が裂けるような熱傷の痛みが、クセにでもなったか?」

「試してみろ。目的が果たせないなら、俺はたとえ死んでもなにも話さない」


 チューミーは、相手のマスクを睨み返した。

 しばらくの間、ボッチは黙っていた。こちらの言葉の真偽を量るような視線だったが、今自分が述べたことは、すべて本心だった。

 どんな状況でも立ち止まらないと決めていた。それは言葉通り、どんな状況でも、だ。たとえ檻のなかにいようと、諦めてはならない。


「……フー。強情な野郎だな、黒犬マスク」


 ボッチは、やがて根負けしたように大きく息を吐いた。

 それから言った。


「……おまえ。教会でおれと戦り合ったとき、気を失ってぶっ倒れるまで、絶対にカタナを手放さなかったな」


 チューミーは答えなかった。

 黒衣のボディスーツは、教会の前で焼かれたときのまま、煤で汚れていた。意識が朦朧としていたせいで、最後のほうの記憶は途絶えていた。


「地獄の業火っつーくらいだ。火事場の苦しみは伊達じゃねェ。あの状況で諦めなかったやつの口を割らせる方法は、おれには思いつかねェし……しかたねェな。折衷案でいくか?」


 意外な言葉に、チューミーが顔を向ける。

 ボッチが、自身とチューミーを交互に指差しながら言った。


「おまえはスマイリーを殺したい。おれはスマイリーを粛清したい。おまえはやつの情報を持っており、おれはやつの情報を求めている。そうすると、じつは解決策自体はわかりやすいわけだ

 おまえに一時的に、連盟の配下に下ってもらう。無論、おまえの行動は制限するし、粛清官の業務を目の当たりにする以上、今さっきの減刑の話も白紙に戻すが……代わりに、スマイリーの粛清案件に、おまえを協力者として加えてやる」


 黒犬マスクの下で、思わずチューミーは怪訝な表情を浮かべた。

 吹っ掛けるような言い方をしたのは事実だが、それはあくまで今後の交渉を有利に進めるための足掛かりのつもりだった。

 今のボッチの提案は、これ以上ないといっていいほど譲歩された条件である。

 にわかには信じられず、チューミーはたずねた。


「なぜ、わざわざ犯罪者の俺に協力させる? あんたほどの男なら、人手は充分に足りているだろうに」

「それが、案外そうでもねェんだ。むしろ、真逆の状況といっていい」


 いかにも言いにくそうに、ボッチは答えた。


「スマイリーの粛清案件は、上に通すと認可が降りねェんだよ。つまり、これは正式な職務じゃない。だから、おれが個人的に融通を利かせられる範囲でしか人を使えねェし、おれ自身すらも、そう満足には動けねェわけだ。教会では、おまえを逃がさないために無茶したからな。しばらくは、おれ自身は息を潜めたほうがいい」


 まるで想定していない受け答えだった。

 新たな情報を踏まえて、チューミーは思考する。

 ボッチの階級は、粛清官の最上位だ。その上ということは、そもそも粛清官を雇っている中央連盟の上層部の判断で制限されているということだった。

 スマイリーという男の犯罪で判明していることは、現状では二点。

 ひとつは、能力付与を条件に誘拐組織を働かせていること。もうひとつは、能力付与を商品としたビジネスを行っているということだった。ただし、後者はよほど商売相手を限っているのか、前者の誘拐業よりもさらに漏れる情報は限られていた。

 チューミーはしばらく考えてから口にした。


「……それは、スマイリーの犯罪に中央連盟がかかわっている可能性があるということか?」

「フン。なかなか、勘がいいな」

「たしかなのか?」


 にわかには信じられない。が、ある意味では合点のいく話でもあった。

 行っている犯罪の規模に対して、長らくスマイリーが粛清対象として狙われるのを回避してきたのが、なにかしらの根回しの結果だとすれば、それは自然に思えた。


「ま、詳しい事情は判明してねェが、お偉いさんがたに対してなんらかの圧力が働いている可能性は高ェな」


 ボッチは、そこで気分の悪そうな口調になって続けた。


「そしてだからこそ、おれにはやつを粛清する義務がある。どういう形であれ、中央連盟よりプライオリティが高い犯罪者が存在していいわけがねェ。スマイリーという男は、確実に捕らえる。なぜならそれが、粛清官の仕事だからだ」


 心臓が高鳴っていることに、チューミーは気づいた。

 それもそのはずだ。ずっと追い求めていた男の新たな情報に、興奮を覚えないほうがおかしい。

 もっと話を聞けないか――そう思い、思わず身を乗り出した。すると、それを制止するように、ボッチが長い腕を振るった。ローブがばさりとひるがえらせて、手元のDメーター機能付きの腕時計を、かぼちゃ頭が確認する。


「詳しい話は、おまえの協力の件が済んでからだ。とにかく、どうだ? 今の条件なら、おまえも不服はねェだろう」

「……ああ。それならば、問題はない」


 まだ、相手の真意は掴みかねている。

 だが、願ってもいない条件でもないことは間違いなかった。

 もしかりにこの身を不当に利用されるとしても、拘束状態から解放されるのであれば、いくらでもやりようはあると判断する。

 こちらの返答に、ボッチは満足気にうなずくと、


「よし。差し当たり、方針は決定したか。さっそく話を聞きてェところだが、今日は長居しちまった。日を改めるから、おまえはもうしばらくここで寝ておけ」


 ボッチが巨大な棺を背負い直した。

 とりあえず、明確な危機は脱したことを知り、チューミーの身体に、本来あるべき疲労がどっと舞い戻った。

 ふと、点滴の刺さった白い肌を労わるようにさする。

 その様子を一瞥すると、ボッチが思い出したように口にした。


「――あァ、そうだ。ひとつ、忘れていた」


 ボッチがローブのポケットに手を突っこんだ。


「押収したおまえの所持品だが、ひとつだけ回収する意味がねェ私物があったから、これだけ返しておいてやる」


 檻越しに、ある物を渡してくる。

 チューミーは、掌を表にした。すると、赤い胡蝶蘭の髪飾りが置かれた。

 途端、胸が締め付けられるように痛んだ。


「じゃあな、チューミー。また来るぜ」


 ボッチは大股歩きで部屋を出て行った。

 バタン、と扉が閉められると、場に静寂が訪れた。

 チューミーは壁にかかったDメーターを見た。空中砂塵濃度が安全値であることを確認すると、静かに黒犬のマスクに手を伸ばす。背部で十字を切るように指を添わせると、かちゃりと音がして、マスクのロックがはずれた。


 ひさびさに露出した顔の皮膚を、ひんやりとした外気が刺激した。

 張り詰めていた緊張が失せて、代わりに解放感が身を包む。

 その――

 肩ほどまで伸びた、黒い髪。

 宝石のように澄む、赤い瞳。

 陶器のごとく光る、白い肌。

 ひとたびマスクを外せば、いっせいに人目を集めるに違いない可憐な少女は、されど鋭利なナイフのように尖った雰囲気を身にまとって、手中の花弁に深い眼差しを落とした。

 いまだ全身を支配する強い疲労のせいで、溶けこむような眠気に包まれるそのときまで――少女はいつまでも、古びた花飾りを、その瞳に映し続けていた。

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