2-2 初対面


 コンクリート製の壁が、ひんやりとした冷気を放っていた。

 何晩か過ごし、すっかり慣れた独房内で、チューミーは小さな手帳に目を落としていた。黒い表紙には、中央連盟のロゴが刻まれている。粛清官のIDである小冊子の最終頁を開くと、着用する黒犬マスクの他は、でたらめな情報が羅列されていた。本名はタロウ・ヤマダ、素顔は火傷跡のある青年、年齢は二十二歳となっている。

 階級は警伍級、と記されていた。

 最下級官だが、そんなことに文句があろうはずもない。


「外部協力者、という体裁を取ると聞いていたが。まさか、粛清官の身分に扮するとは、思いもよらなかった」


 檻の向こうに、そう声をかける。

 そこではボッチ・タイダラがマスクを傾けて、週刊誌のグラビアを眺めていた。水着姿の女の写真から眼を離さずに、かぼちゃ頭越しに答える。


「おれの手足として動いてもらう以上、それなりの権限は与えてやる。だいいち、おまえには本部で寝泊まりしてもらうし、何度も出入りする形にもなるんだ。自由に動いてもらうには、粛清官の肩書きを与えるのが一番だ」


 そう軽く言ってのけるが、これが非常識な手段であることは部外者のチューミーにも理解できた。


「職権濫用じゃないのか」

「フッフッ、細けェことは気にすんな。おまえにも好都合だろうがよ」


 チューミーは、自身の偽情報が載ったページの下部に目をやった。

 登録パートナーの署名を書く項目は、空欄となっている。


「仮の立場でも、パートナーというのは就くのか?」

「ま、その辺はどうとでもなる問題だったが……どうあれ、身分的には犯罪者を使うんだ。監視の意味を込めて、おれの部下を添えさせてもらう。そしてもし、おまえが不穏な行動をしたり、脱走するようなことがあったら……」


 週刊誌から顔を上げて、ボッチはこちらの喉元を指した。


「前にも言ったよな。その首輪がバン、だ」


 チューミーは自らの喉に巻かれた黒い輪に触れた。薄い造りをした機械装置は、簡単な操作で爆発を起こす仕組みという話だった。

 特に理不尽とは思わなかった。むしろ立場を考えるなら当然の処置とさえいえる。

 どんな枷を課されようと、檻の外に出られるだけで十分だった。

 なにより、命令に背いて爆破される気はまったくない。捜し求めてやまなかった人物の粛清業務に加わる以上のことは、チューミーにとって存在しなかった。

 唯一の懸念点は、そのパートナーとやらに、いたずらに起爆されないかということだけである。


「笑えるジョークだろ。まさしく、今のおまえは首輪に繋がれた飼い犬ってわけだな」

「俺が手を組むのは、どんな粛清官なんだ?」


 まったく面白くなくて、チューミーは無視して質問する。

 ボッチは雑誌を放り投げると、思案するように腕を組んだ。


「そうだな。えらいべっぴんで、頭の回転もいい女だ。粛清官として求められる身体能力は余裕でクリアしているし、なにより銃器の取り扱いは一級品で、おれの千倍は上手い。若さゆえに経験不足な面は目立つが……ま、それくらいだな」


 どうやらベテランではないらしい。

 若い女という情報も気がかりだったが、問題はそこではなかった。


「どんなと言ったのは、砂塵能力を含めた戦闘スタイルのことだ。仮にあんたのように周囲を燃やすような能力者なら、まともに組むこともできないだろう」

「悪いが、そいつは明かせないな」


 けらけらと笑って、ボッチは答えた。


「知りたかったら、当人に直接聞くといい。必要が生じるか、もしくは仲良くなったら教えてくれるんじゃねェのか」


 仲良く、という言葉に、チューミーはため息をついた。こちらの事情を知りながら、ありえない話を平然とするかぼちゃ頭に呆れる。


「ただし、かなり特殊な砂塵能力を使うってことだけは言っておこう。そのせいで適任のパートナーがなかなか見つからなくて菜、今もフリーなんだよ。おれもこれまでいろんな能力者を見てきたが、あれ以上に変わったのは見たことがねェな」


 百戦錬磨のボッチをしてそう言わしめる相手に、チューミーは自然と興味が湧いた。


「ま、おまえとは合うと思うぜ。性格は知らねェが、少なくとも能力面はな」


 そこで、ボッチはすっくと立ちあがった。

 バキバキと指の骨を鳴らして、黒犬のマスクを見下ろす。


「さて、チューミー。いい加減、檻のなかも飽いただろう。体調のほうはどうだ?」


 チューミーは簡易ベッドから降りてみる。手足を振るい、身体を伸ばす。

 若干なまっているのを感じるが、回復していることはたしかだった。

 自分の命を握る不穏な首輪も、思ったよりは気にならない。


「万全だ、問題ない」

「よし」


 ボッチが、ローブの懐から鍵束を取り出した。そのうち一本を手にして、檻越しにチューミーの眼前に立つ。鉄の扉に鍵を挿し込むと、回す前にこう告げた。


「最終確認だ。ここを出たら、お前にはおれの下できっちり働いてもらう。そしてそれが終われば、ただの犯罪者の身分に出戻りだ。本当にそれでいいんだな? チューミー・リベンジャー」

「くどいな。言っただろう。俺は、やつを討てればそれでいい……。ただ、それだけのためにここまで生き延びてきたんだ。それは、もうあんたも知っているだろう?」


 数回の事情聴取で、こちらの所有するスマイリーに関する情報と関連して、自身の過去すらも明かしていた。

 自分の正体を明かさないことには、スマイリーの話をすることはできなかったからだ。

 ボッチはマスクの下で不敵に笑うと、


「フッフッ。そうだったな――復讐中毒者」


 そう揶揄されても、なんとも思わなかった。むしろ、的を射ている言葉だとすら思う。

 ボッチが鉄扉を開錠する。ガシャンと鈍重な音が鳴り響き、ようやく解放された。

 投獄されたときと異なり、チューミーのボディスーツの胸元には、中央連盟の所属を示す緑色のエムブレムが取り付けられていた。

 檻の向こうには、ボッチに押収されたチューミーの私物が並んでいた。

 使い慣れた武器を次々と装備して、最後に愛用のカタナを手に取る。くるり、と器用に手先で回してから、慣れ親しんだ位置に帯刀した。


 ---


「――第七執務室?」

「ああ、そうだ。一応、おれのデスクがあるということになっている」


 中央連盟本部の廊下をボッチと歩きながら、チューミーは周辺をきょろきょろと眺めた。外観から受ける印象とは異なり、連盟本部の内部は入り組んだ構造をしていた。天井では、幾重にも張り巡らされた配管が唸り声を上げていた。


「一応とは、どういうことだ?」


 ボッチがエレベーターの階上行き牡丹を押す。扉が開くと、ボッチは大きく屈んで潜った。

 生活に苦労しそうなかぼちゃだな、とチューミーは思った。


「おれはもともと、現場の叩き上げだ。ひとところに留まるっつーのは、どうも性に合わねェ。にかく普段は空けているから、おれの若いパートナーに留守を任せてるわけだ」


 ボッチのパートナー。そう聞いて、そういえばとチューミーは思う。

 粛清官である以上、たしかにボッチにもパートナーがいるのが道理だが、いちどもその姿を見たことはない。

 この数日で対面した数回では、ボッチはいつも単身だった。


「あんたとまともに組めるようなやつがいるとは、あまり思えないが」

「”まともに組む”の意味はともかく、後進を育てるのも仕事のうちなんだよ。ま、そうは言ってもおれは単身行動の方が多いが……ただ、真正面から戦り合えば、戦闘能力はおれよりも高いようなやつだぜ。おまえ然り、最近の若ェのは優秀なのが多いなァ」


 にわかには信じられない発言に、チューミーはかぼちゃ頭を見上げた。まるで腹の底が読めない男だ。本心で言っているのだろうか。

 中層階に出ると、二人組の粛清官とすれ違った。相手はボッチの姿に驚くと、深々と会釈する。ボッチは「おう」とだけ言って手を振った。

 通りすぎた後も、大人と子供以上のサイズ差があるこちらに対して、粛清官の二人はひそひそと内緒話を交わしていた。


「あの調子だ。だから本部はやりづれェ。肩でも叩いて挨拶すりゃいいのによ」

「それは無理があるだろう……」


 長い廊下をゆく。似たような扉をいくつも通過して、最後にボッチは最奥の部屋の前に立った。


「執務室はここだ。パネルと手帳を照合すると、ロックが解除される仕組みだ。道筋はちゃんと憶えたか? おれは二度と案内しねェからな」


 親指を立てて戸を指すと、ボッチはくるりと踵を返した。


「どこへ行く?」

「定例会議に出席する。今のおれは粛清案件を受け持っていないことになっているせいで、サボれねェんだよ」


 いかにも面倒くさそうに、ボッチはそう答えた。


「今後の詳しい流れは、なかに待機しているおまえのパートナーに伝えてある。追跡の件は即座に始めろ。済み次第、この部屋に戻ってこい。そのときには、おれもいるようにするからよ」


 背負う棺をがしゃがしゃと揺らしながら、大股開きで歩き去って行くボッチは、曲がり道に入る前に、こちらを振り向いて言い添えた。


「あァ、そうだ。言い忘れていたが、おまえに関しては、おれがボコッて捕まえた協力者ということ以外は、とくになにも明かしていない。過去も事情も経歴も、なにもかもだ。どう接するかも含めて、おまえの自由にさせてやる」

「……気遣いのつもりか?」

「どうだかな。ま、せいぜいうまくやれよ、チューミー。おまえには期待してるぜ」


 それきり、ボッチは角の向こうに消えていった。

 ひとり取り残されて、チューミーは茶色い扉に目をやった。与えられた手帳を挿し込むと、解錠される音がした。


 広い室内に、ひとりの女が立っていた。

 彼女が振り向いたとき、長い銀髪がふわりと舞った。

 大窓から差し込む陽光に、髪の一本一本が煌めく。

 服装は、中央連盟の指定服の上に、紫色のリーファージャケットを羽織っていた。両脚の大腿部に巻かれている、四丁の形状が異なった銃が目につく。

 全身をまとう雰囲気から、やけに気品を感じる女だった。


「……なにか、言いなさいよ」


 こちらが黙っていると、相手がそう口にした。


「おまえが、シルヴィ・バレト警伍級粛清官か?」


 ボッチからその名を告げられたとき、真っ先に銀色の弾丸を連想した。

 あらゆる不吉を穿つとされる聖弾。チューミーはシルヴィの髪色と銃を交互に見やると、出来すぎた名だ、と思った。


「俺はチューミー・リベンジャー。あのかぼちゃ頭から聞いているだろうが、おまえの臨時パートナーとして就くことになった」

「なに? その、あなたの不思議な声」

「生まれつき声帯が弱くて、機械で補強しているんだ。気にしないでくれ」


 チューミーはこれまで何度か使ってきた嘘をくり返した。

 べつにバレてもいい虚言だったが、実際にバレているらしい。シルヴィはますます不審な気持ちを強くした様子だった。


「マスクを取りなさい。わたしがはずして迎えたのだから、それが礼儀でしょう」


 いかにも不服そうな表情だが、声質は涼やかだ。鈴を鳴らすような細い声。


「断る」とチューミーは即答する。

「なによ、それ。粛清官に見せる顔はないっていうこと?」

「違う。俺は、だれにもこの顔を見せることはない」


 この先も言い訳し続けるのが面倒で、正直に本心を伝えた。

 こちらの変わったポリシーに、相手は眉をひそめる。


「なら、本名は? チューミーって、それ偽名でしょう」

「偽名ではない。通称だ」

「同じことじゃない……」


 個人情報を明かす気のいっさいうかがえない態度に、シルヴィはぐっと不満をこらえるような表情を浮かべた。

 チューミーは相手を気にせず、ボッチの執務室をぐるりと見渡した。統一感のある調度品でまとまった、品のいい部屋だ。

 たしかに、このハイソな雰囲気の部屋にあのかぼちゃ頭は似合わないだろうな、とチューミーは思った。


「これはなんだ?」


 応接用とおぼしき低いテーブルに、繊細な造りのティーセットが用意されていた。茶菓子まで添えてある。


「ナハト警弐級が、警壱級が戻られると聞いて、急いで用意されたお茶よ。会議の時間が前倒しになったみたいで、けっきょくその警弐級も席をはずしてしまったけれど……」

「ナハト警弐級とは?」

「わたしの上官で、タイダラ警壱級の……って、今はそんなことはどうでもいいのよ」


 こちらのマイペースに惑わされないようにするためか、シルヴィはそこで強く頭を振って言った。


「あなた、いったいなんなの? 警壱級は、ほとんどなにも明かしてくれなかったようなものだわ。直接聞けとおっしゃっていたけれど、当の本人はなにも答える気はなさそうだし……。お目付け役が必要にせよ、どうしてわたしに」

「パートナーがいないと聞いた。面倒ごとを押しつけやすかったんじゃないのか」

「黙りなさい」


 ぴしゃりと言われ、チューミーは口を閉じる。どうやら触れられたくない話だったらしい。

 ブーツの底をカツカツと鳴らして寄ると、シルヴィはこちらの眼前に立った。女性にしては身長が高く、厚底を履くチューミーよりも、頭ひとつ出る形になる。

 相手が黒犬マスクを覗きこんできた。片耳にかけていた銀髪がさらりと垂れる。


「どうしてタイダラ警壱級は今回、あなたみたいな犯罪人を協力者にしたの? いくら人手不足といっても、あまりにも妙な話だわ。答えなさい」

「黙れと言ったり、答えろと言ったり……」

「いいから。事情がわからないと、わたしだって満足に仕事はできないのよ」


 どうやら、シルヴィは現状をかなり不安に感じているらしい。たしかに相手の立場に立ってみれば、その気持ちはわからなくもなかった。


「……まあ、司法取引のようなものだ。やつには俺が持っている粛清対象の情報を与えて、その代わりに俺は捜査に協力させてもらうことになったんだ。今回もとにして動く情報も、いくつかは俺が所有していたものだ」


 パーソナルスペースに入りこまれるのがいやで、チューミーは後ずさりしながら答える。


「それが、おかしな話だと言っているのよ。大市法の違反者に持っている情報をすべて吐かせるのは基本ちゅうの基本だわ。いくら足枷を嵌めるとはいっても、自由に外を歩かせることはないはずよ。せいぜい、最重要参考人には服役の条件を甘くするのが関の山ね」

「ボッチにもそう言われたが、その条件は俺が呑まなかったんだ」


 そこまで明かすつもりはなかったが、チューミーはしかたなく答えた。


「どういうこと?」

「俺がボッチに情報を渡して得た見返りが、今回の粛清案件に参加することそのものだ。だから刑期の軽減や条件緩和といったものは、べつだん俺には用意されないし、俺のほうもそれで構わないと思っている」


 説明を聞いても、シルヴィはまったく得心がいかない様子だった。


「ますます妙な話だわ。あなたにメリットがないじゃない。わたしを煙に巻こうとしてるの? それとも……」

「お前がいろいろと気になるということは、よくわかった。それを踏まえて、お前が理解しておくべきことはひとつだけだ。いいか?」


 チューミーは両方の掌を掲げて、それ以上近づくな、というジェスチャーをした。


「俺は今回の仕事を、なにがあっても必ずやり遂げる。俺は、この仕事さえできればそれでいい。だから業務上問題になる行為はいっさい取らないし、一時的なものとはいえ、お前ともにパートナーを組む。……それで十分だろう?」


 シルヴィの思案顔が、ますます色濃くなった。

 黙りこんでしまった相手をよそに、チューミーは茶が用意されたテーブルから「かぼちゃ饅頭」と書かれた菓子をひょいと手に取った。

 あとでひとりになったら食べようと思って、レッグポーチにしまう。

 うつむきながらもこちらを目ざとく観察していたらしく、シルヴィが言った。


「なに、粛清官の前で平然と盗みを働いているのよ……」

「ボッチが来ないのなら、必要ないものだろう」


 とくに悪びれない態度で答えて、チューミーは壁かけの時計を見た。


「さて、さしあたり自己紹介は済んだな。はやく向かわないか? 時間が惜しい」

「なにも済んでなんかないわよ。けっきょく、ほとんどわからないままじゃない」


 肩ひじを張っていたシルヴィの態度が、みるみるうちにしなびていった。

 言葉どおり、肩を落として脱力する。

 これまでは精一杯取り繕っていたが、どうやらその意味はないと判断したらしい。もはや完全に呆れたような態度になって、シルヴィは髪先を指でくるくると巻きながら、ぼそりとつぶやいた。


「ああ、最悪。こんな怪しい人と、四六時中いっしょだなんて……」

「なにか言ったか?」

「なんでもないわよ、小さな犯罪者さん」


 どこか棘のある言い方だった。

 シルヴィが、細い手首を掲げた。いかにも高級そうなDメーター機能付き腕時計のほかに、もう一本巻いてある見慣れない腕輪型の装置は、チューミーの首輪と同じ素材をしているようだった。

 装置はすでに起動しているのか、赤いランプが点灯していた。


「これは、タイダラ警壱級がわたしに授けた機械よ。なんなのかはわかるわね?」


 こんこん、とシルヴィは腕輪の表面を叩いて言った。


「警壱級は科学者で、武器とか玩具とか変なジュースとか、とにかくいろいろな変わったものを製作されるの。これはそのうちのひとつよ。塵工デバイスの一種で、スイッチを押すと起爆して、あなたの首が弾け飛ぶんですって」


 ボッチの話では、機材に格納されている特定の砂塵粒子の塵紋に感応して、どれだけ離れていても首輪の起爆装置を起動するという話だった。偉大都市では塵紋を逆利用した塵工デバイスが多く出回っており、日進月歩で様々な技術が開発されていた。

 チューミーは、腕輪をじっと観察した。隙をうかがえば、奪うか破壊するかできそうだと考えるが、シルヴィはそんなこちらの思考を読んだかのように言った。


「無駄よ。作動が中断されても起爆するし、わたしの生体反応を記録して作動してるから抵抗は不可能だわ」

「……ぐ」


 口をつぐむチューミーに、相手は勝ち誇るような表情を浮かべる。


「安心しなさい、わたしに猟奇的な趣味はないわ。でも、犯罪者の命よりも大切なものはたくさんあるの。仕事は真面目にするそうだから、とくにこれといった取り決めはしないけれど……あまり、身勝手な行動は取らないことね。わかったかしら?」

「……。」

「ちゃんと返事をしなさい」

「……承知、した」

「やけに小声ね。でも、まあいいわ」


 とりあえず主導権を握ったことに満足したのか、シルヴィは心機一転するようにほのかな笑みを浮かべると、一冊のファイルを押しつけてきた。

 バインダーを開くと、知っている顔写真が目に入る。

 ダスト正教の司祭、ロウノ・バベルズの正面写真は、チューミーがサザキから受け取ったものだ。

 シルヴィは腕時計に目をやると、


「時間がないのはたしかだわ。道中で情報をまとめながら向かいましょうか、飼い犬さん?」


 シルヴィは毛皮で覆われた犬型のマスクを被った。

 チューミーのかぶる、無機質な黒犬マスクとはまったく異なる質感をしている。


「お前も、犬じゃないか……」


 チューミーはそう、ぼそっと呟いたが、相手は聞こえなかったか無視したのか、ごく軽やかな足取りで執務室を出て行った。

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