赤い蘭の花よ

 同刻。

 その黒犬のマスクを被った人物は、都市第一公園を訪れていた。

 森林の囲まれた場所で、彼は上空を見上げている。


 その手には、赤い胡蝶蘭の花が握られていた。

 彼が妹にあげた物のなかでも、とくに喜んでくれていた髪飾りは、すでに見る影もなく、傷ついて、汚れていた。

 それでもなお美しく映るのは、彼の目だからか、妹の目だからか。いずれにせよ、きれいに見えるのならば、判断をつける必要はないと思っていた。


 風が吹いた。

 頭上には、自然集合した黒色の砂塵粒子が覗けた。

 彼はライターに火をつける。

 下だけが青く、上は赤色に燃える炎に、そっと蘭の花を添えた。

 瞬時、花は炎に包まれて、遺灰のような姿になって、砂塵粒子と絡み合い、風に乗って、どこまでも舞い上がる。さようなら、と呟いた言葉が、口蓋で溶けて、後を追うように羽ばたいたような気がした。

 彼はその光景を、いつまでも見上げていた。


 その姿がすっかり見えなくなって、雲の合間に星が浮かぶだけとなっても、彼はいつまでも、古びた花飾りの行くすえを、その瞳に映し続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る