Chapter4: 'CHUMIE' THE REVENGER

51話 奇襲

 九龍アパートの深部、ルプスフェイスの占領エリア。

 その室内には、複数の人影があった。

 四肢が拘束されたマザーに、固定回線の受話器を取るシーリオ。

 誘拐が成功した証拠として通話口に出る必要があるシルヴィに、そのパートナーであるチューミー・リベンジャー。

 さらにバックアップ要員を務める連盟職員が数名という布陣だった。


 ボッチの姿が依然として見えないことに、チューミーは違和感を禁じえなかった。ボッチがいようがいまいが、これからスマイリーを釣りあげて、粛清業務に移行することに変わりはない。

 それでもボッチの不在は、自分たちの計画が万全に進んでいないことの証左であり、気にせずにはいられなかった。


 壁掛けの時計が、刻々と時を刻んでいた。

 零時まで、あと三十秒、二十秒、十秒……。

 時針と秒針が重なったとき、ジリリリリと固定回線の電話が鳴った。

 一同に緊張が走る。

 シーリオは通話ボタンを押すと、マザーに通話口を向けた。


「……もしもし?」

『やあ、こんばんはマザー。ハハハ、気分はどうかね?』


 軽快な男の声が室内に響いた。

 たしかに、あのときのスマイルマークの男の声だ。

 チューミーは思わず声を出しそうになってしまったが、カタナの柄を握りしめるだけに留めた。


「気分なら上々さ。朗報だよ、スマイリー。アルミラの件は、うまくいったさ」


 マザーがそう返答した。その声色は意外にも平静に聞こえた。


『ハハハ、本当かね? それはなによりだ。ということは、ミラー嬢はそこにいるのだな?』

「ああ、いるよ。いつもどおり、誘拐被害者は狼狽が激しいがね。替わるかい」


 シーリオが、シルヴィに目配せする。

 彼女は、うなずきだけで返した。


『いや、その必要はないさ。ハハ、そりゃ、いるはいるだろうな……。それよりも、今回の取引現場だがね。ぜひそちらに向かいたいと思うんだが、かまわないかね』


 予想外の発言に、一同は驚いた。

 

「こ、こっちにかい? そりゃ、かまわないさ。かまわないが、いつのつもりだい」

『ハハハ、そうだな。今回の身柄は、私としても優先度が高くてね。――、というのはいかがかな?』


 そのときだった。

 鼓膜を破裂させるような、大きな爆発音が響いた。

 部屋の扉が吹き飛んで、床を擦るように転がった。

 煙幕を伴う、もわりとした爆風が続く。

 拘束されており、受け身を取ることのできないマザーが転がって壁に激突した。


「ナ、ナハト警弐級――――ッ!」


 けたたましい呼び声とともに、連盟職員がやってきた。


「い、異常事態発生です! 正体不明の人物が、複数人あらわれて……じ、じ、しましたアッ!」

「なんだと……⁉」


 チューミーはだれよりも先に部屋の外を確認しに駆けた。

 なによりまず、事態を把握しなければならない。

 つい先ほど、マザーと交戦したばかりの場所は黒煙に包まれていた。

 爆風によって盛り上がった埃と破片の向こうで、こちらに向けて猛進してくるいくつもの人影が見えた。


 人影の大群が奇妙な笑い声を上げながら突撃している。

 その連中に向けて、連盟職員が銃撃をおこなった。

 弾を食らった相手が、連盟職員ごと巻き込んですさまじい爆発を起こした。


「ぐっ……!」


 柱の陰に身を隠すチューミーの傍に、ごろごろと丸い物が転がってきた。

 それはドレスマスクだった。形状を見る限り、連盟職員のものではない。着脱口からは焼き焦げた頸椎が伸びており、それが生首であることがわかった。


 チューミーはマスクを拾った。

 のっぺらぼうのように目がなく、歯茎を見せて笑っている顔が描かれていた。

 心がざわつく、不穏なデザインだった。

 はじめて見るマスクだったが、それが自身の仇敵――スマイリーに所縁あるものだということが、直感で伝わった。


 ふたたび靴音を踏み鳴らす音がした。

 十人ほどが横一列に並んで、笑い声をあげながら行進してくる。

 のっぺらぼうのマスクを被った集団だ。その集団は連盟職員に襲いかかり、もつれこむように倒れると自爆した。

 衝撃を受けると自爆する集団が、特攻を仕掛けている。

 それもいったいどういうことか――笑いながら。


「チューミー!」


 シルヴィが駆け寄ってきた。


「シルヴィ、状況はどうなっている!?」

「警弐級は、周辺住民の避難喚起に向かわれたわ。状況を把握次第、連絡を――」


 シルヴィが言い切る前に、


「う、うわあああああぁぁぁ――――ッ‼」


 パニックに陥った連盟職員が、フルオート銃を敵に向けて掃射していた。


「っ――いけない。射撃をやめなさい! 全員、後方に下がって!」


 シルヴィが指示したが、遅かった。

 のっぺらぼうのマスクたちが、ドミノでも倒すかのように端から順番に倒れる。

 直後、全員が同時に爆発した。風圧が届くより先、チューミーとシルヴィは揃って物陰に身を隠した。


 ぐらんぐらん、と足元が激しく揺れ始めた。

 建築の骨子部分が宙から落ちてくる。ガォ……ン、と音を立てて、ルプスフェイスたちの住むアパートの廊下が崩れると、一階にめがけて盛大に倒壊した。

 それによりべつののっぺらぼうが圧死すると、ふたたび爆発が起きた。

 一連の連鎖爆撃が、この九龍アパートの一画の倒壊を呼ぼうとしていた。


 事態の把握も、まともな連携も取れない状況だ。

 炎と煙、吹き飛んだフロアの骨片が混じりあい、視界すらまともに開けない。

 どうすれば――とチューミーは考える。

 この状況を作り出しているのはスマイリーに違いない。

 だが、相手の意図がわからなかった。

 行動を決めあぐねるチューミーは、煙の向こうに巨躯の男の影を見た。


(――あいつは……!)


 つぎの瞬間、チューミーは駆け出していた。

 カタナを構えると、大男が高速の反応で回避した。

 スパリと剣圧で煙が裂けて、互いの姿が爆炎の光に明かされた。

 相手の風貌――スマイリーの側近が目に入った。


「モンステル。やつは……スマイリーは、どこにいる…………!!」

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