第17話 Jewelerの憂鬱
カタカタと音を立てるキーボード。無駄に発光するハードウェア。沢山の開かれたタブを写す液晶モニター。
多少の調べ事なら事足りる設備を前にアタシ、
検索エンジンには【露希 流血事件】の2文字。ここ数日程、アタシはこの事件の詳細を調べている。
ハッキリ言ってアタシはこの手の調べ物が大の苦手なのだ。
事は1週間前に遡る。アタシの友達、“メーちゃん”こと怪崎鳴子が学校を休んだその日、
依頼者は顕希市の駐在所勤務の男性。所謂“お巡りさん”。
彼曰く、朝方に大量の出血を確認できる血痕が見つかった。出血量から見て被害者はショック死の可能性が高い。
だが、妙な事に近辺に遺体は確認出来なかった。被害者が見つからなければ進む調査も進まない。
情報が九判に集まることは露希市では黙認されている。今回みたく警察組織から依頼を受けることも少なくない。
「近隣に監視カメラは確認できないことは分かった。警察は轢死の可能性も低いって言ってるしー……んー、車内カメラは特定しないとデータは取れないからなぁ」
普段なら提携している探偵社や、ホームレス、記者、その他様々な情報提供者からある程度は事件の概要を掴めるはずだ。
事件がいくら新鮮といえど、既に1週間は経っている。大なり小なり、切れ端は見つかってもよい頃合だ。
だが、奇妙な程に何も見つからない。
ニュース、露希市のローカル新聞でさえこの一件を取り扱わない。普通、市内で殺人事件があれば何かしらのメディア媒体で取り上げられるに決まっている。
いくら警察が情報を規制しようとも、組織内部に情報提供者を抱えた記者が「露希市内で殺人事件があった」という事実だけでもゴシップ記事として発表する筈だ。
仮にこの事件もゴシップ誌に取り上げられたとしよう。
脚色と虚飾に彩られた人の欲求を満たす内容。それに感化された人々は口々に自己陶酔にも似た論争を繰り広げるだろう。
所詮“噂”に過ぎない情報を前にあれやこれやと唄い続ける。これが“話題”となり、世間を騒がせる。
だが、この事件は噂にもならない。事の大きさに対してあまりにも情報が出回らないのだ。
先程、アタシは何も見つからないと言った。訂正しよう。
何も無いのだ
まるで殺人事件など最初から起こっていなかった。そんな風に感じ取れてしまう。
「『情報屋が情報に踊らされるな』とは常々おにぃに言われてきたけど……踊らされる情報さえ無いって方が気持ち悪いなぁ」
アタシはカップに注いだ紅茶を飲む。今週に入ってからカフェインを摂取する機会は睡眠不足と反比例して倍増した。
どちらも乙女の天敵だと言うのに。
「うわっ!もう2時だよー。……はぁー、明日も学校なのにぃ。全然わかんないよぉー。警察のバカヤロー!学生に無理させんなよー!労働基準法違反だぞー!!ていうか、おにぃはなんでこんな時に居ないのさぁ……」
おにぃもここ数日忙しそうにしていた。確か私がこの一件に関わったのと同時期だ。アタシたちの多忙により
それにしても、おにぃが多忙に追われることは珍しい。基本的にはおにぃが仲介し、アタシが仕事をこなす。このシステムで九判は成り立っている。
言ってしまえば、片方が仕事をしている時、もう片方は手が空いているのだ。(割合で言えば私の方が忙しい)
そもそも、2人で1つの仕事をこなす九判が2人で2つの仕事を同時期に行っている状況がおかしい。
「待って」
誰に言うわけでもなくアタシは呟いた。
似たような“おかしさ”をアタシは感じたことがある。別に2人が違う件で仕事をしていることじゃない。
九判のシステムが普段通りに成り立っていないということだ。
同様の状況に巻き込まれた事をアタシは過去に経験している。
それは半年前の【氷雨組襲撃事件】だ。
あの時はおにぃはアタシにこの事件の概要を調べさせようとはしなかった。あの時は確か『詩音にはまだ連中と関わるのは早い』って言ってたっけ?
そこはアタシも不思議には思わない。関わる相手がヤクザということもあって、おにぃがアタシを守ろうとしていたことに他意が無いことも分かってる。
ただ、疑問点は“関わる相手”の事だ。
アタシは当時おにぃに言われた通り、この事を追求しようとも思わなかった。だから風の噂でしか聞いたことがない。主に都市伝説バカからの話だけど。
ビダハビット。
今でも尚、多くの人々が噂をする都市伝説。彼が氷雨組襲撃事件の首謀者と言われている。
もしおにぃの言っていた関わる相手氷雨組ではなく、がこのビダハビットだとしたら?
だとしたら、今まで聞き流していたキョーくんの話も現実味を帯びてくる。
アタシの脳内を都市伝説が、曖昧な存在が、無価値にも等しい噂話が駆け回る。
「だめだー!それこそ情報に踊らせてるぞアタシ!」
アタシは情報屋として事実の裏を取り、根拠を集め、それを纏め提供しなければならない。
ダイヤモンドの原石をブリリアントカットし、宝石として形を整える様に。
言うならば、情報屋とは宝石職人と一緒なのだ。価値のあるものも剥き出しの荒々しいままでは意味を持たない。だから噂話は無価値にも等しい。
けれど、今はこの無骨さに頼るしか無い。それを削るのもアタシの技量だ。
「明日、癪だけどキョーくんに聞いてみるかぁ……」
目を輝かせ、得意げな顔をして話を聞かせる昔馴染みの顔をチラつかせながらアタシはベットに身体を預けた。
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