第18話 教訓
「ついに……ついにぃ!!
紫音の思った通り案の定この男、
「近い。離れて」
「おっと、ごめんごめん!」
「でも本当に意外です。詩音さんその手のオカルト話嫌いだったでしょう?」
彼女から見ても普段の詩音は、都市伝説や噂などに興味を示しているようには思えなかった。それどころか、むしろ苦手という印象を抱いている様に見えていた。
そんな詩音が何故急に都市伝説に関心を持ったのか。
鳴子としても気になるところであった。
「それはそれ、これはこれ。目的のためなら苦手分野も果敢に挑むのがアタシなのー」
「詩音さんは勉強熱心ですね!」
「どんなワケであれ、詩音が関心を持ってくれたんだ!勿論力になるぜ!」
「……ありがと」
「あ、照れた」
「詩音さん照れましたね!ね!」
「うっさい照れてない」
詩音は図星を突かれ、照れ隠しに顔をしかめる。
それを見た響と鳴子は、互いに顔を合わせ悪戯っぽく笑った。
「で、だ。詩音が気になってる都市伝説ってどんなタイプ?」
「タイプ……?」
「都市伝説って言ったって元を辿れば人の言葉から生まれるんだ。人の数だけ、都市伝説はある。つまり膨大な量があるんだ。一から探すなんて不可能なの。詩音の興味を引いた話とかある?名前は分からなくても似たような話は見つかるかもしれないし」
「……まだ不思議な話って決まった訳じゃないんだけど……」
そして詩音は独り言の様に語り始めた。
致死量を超えた血痕だけが残っていた現場。
周囲には監視カメラは無く、時間帯も深夜。
自分たちの住む露希市で起こった殺人事件だと言うのに、ニュースや新聞にも取り上げられない。
消えた遺体、メディアの対応に些か不可思議さを感じてしまう。
自身が
「都市伝説というよりは陰謀論に近いな」
「アタシがそんなのに引っかかると思うー?」
「いや、急に都市伝説に興味を持ったから……」
「こっちはマジメに相談したんですけど?」
詩音はドスを効かせた声を響に浴びせる。
普段の彼女から発せられているとは思えない重低音。危うい雰囲気を感じ取った響は、通常の3倍のスピードで頭を下げ、先程の言葉を訂正し謝罪した。
「今ネットで調べたんですけど……確かに詩音さんの言うようにニュースどころか、SNSにも情報が載ってないんですよね。詩音さんの話が作り話にも思えないし不思議ですねぇ。現場の写真とかってあるんですか?」
「それなら……はいコレ」
詩音のスマートフォンには、街灯に照らされたバリケードテープと周辺を監視する2、3人の警察官が写っていた。家の塀にはべっとりと黒く酸化した血痕がまだ残っている。
捏造された写真とは到底思えないその惨状は、鳴子と響に得体の知れない不快感を与えるには充分だった。
「これは……生々しいな」
「創作と現実ってやっぱり違いますね……。詩音さんは見慣れてたりするんですか?」
「アタシはグロテスクなモノは見慣れてるし、この程度だったら全然。アタシが警官さんから話を盗み聞いたんだけど、脳みその一部が地面に付着していたんだってー。血痕から5メートル近くで見つかったって言ってたから……強い衝撃で頭が破裂したんじゃないかって話してたよー。それから……」
事細かに現場の状況を説明する彼女の口からは、おどろおどろしい言葉の数々が飛び出す。現場写真という事実も相まって、リアリティ溢れる状況説明は、さながら一流料理人が生み出すフルコース。
大半の人間は胃もたれどころか、食中毒を起こしてしまいそうな狂気を孕んだ物言いに、つい我慢できず響は大声でギブアップの声を上げた。
「ストップ!ストップ!!分かったから!!そのくらいで勘弁して下さいっ!昼メシ食べれなくなる!!」
「えっと……ごめん?」
「し、詩音さんって結構好きなんですね、グロとかホラーとか」
「んー?好きっていうか分かりやすい方がいいかなーって。キョーくんも都市伝説の話してる時とこんな感じだよー?」
「ごめん!俺が悪かったから!もうちょっと抑えるから!!教訓になりました!!」
「あっ、はい。で、キョーくん。なんか都市伝説に思い当たる節ある?」
「生々しい話で全部ぶっ飛んだんだけど……そうだな。なんか都市伝説っぽくないんだよなぁ」
「都市伝説っぽくない?」
「あぁ。都市伝説ってさ、その事件みたいに直接的な死に関する事柄って出てこないんだよ。だいたいは連れされたとか、帰ってこなくなったとか。言ってしまえば、“死”を明確に表現しないんだよ」
いまいちピンと来ない顔を詩音は響に向ける。その視線にバツが悪そうに頭を掻きながら響は続けた。
「前に話したけど、都市伝説って教訓も含まれてるんだよ。有名どころなら口裂け女とか。あれってさ、子供が知らない人に声をかけられても、ついて行ってはダメだよって意味も含まれてると思うんだよね。好奇心旺盛な子供に防衛意識を付けさせるには丁度良い話だ」
「確かに急に不審者に声をかけられても実感がわかないですもんね……。恐怖心を煽るならリアリティにフィクションを混ぜろって
「子供ならそっちの方が耳に残るしね。だから当時は全国的に口裂け女という都市伝説が広まっていたんだし。まぁ、何が言いたいかって言うと、その事件は都市伝説って言うにはあまりにも現実的すぎる。公にはなってないみたいだけど、警察は動いているし。“噂”ではなく“事実”として証拠も残ってるしね」
響は詩音のスマートフォンに指を指しながらきっぱりとそう言い切る。都市伝説という側面から推測された彼の答えは、詩音を納得させるには充分だった。
本来、証拠とは問に対する答えを明確にするひとつの手段であり必須事項だ。
しかし、都市伝説を成立させるには証拠はネックとなる。逆説じみた事実と噂の関係が詩音の求める答えをより一層遠くへと誘う。
「じゃあこの事件はミステリーですね!」
「えっ?」
詩音は俯いていた顔を上げる。目の前には目を輝かせながら満面の笑みを浮かべる鳴子がいた。
「消えた遺体、公表されない殺人事件……それがこの街で起こってるんですよ!ワクワクします!!」
「メーちゃんは能天気だなぁー」
「私、ミステリーも好きなんですよ!私、病院でずっと過ごしていましたから。こんなこと、小説の中でしか味わったことがありません!!」
「いや普通に過ごしていてもこんなことまず無いからね!?」
響による食い気味のツッコミが鳴子に繰り出される。しかし、そんなことなど意に介さず鳴子は続ける。
「そうだ!現場に行ってみましょう!!なにか分かることがあるかもしれませんよ?」
「でも、今はもう片付けてあったしー」
「私が行きたいって理由じゃダメですか!?探偵に憧れた事もあったんですよねー私!」
鳴子の圧に思わずたじろぐ詩音。興味津々な彼女は今にも学校を飛び出して現場に向かいそうな勢いだった。
それを見た響はやれやれと言った具合に眉を八の字にして次の提案をした。
「じゃあ、放課後行ってみようぜ。詩音の望む答えが見つかるかは分からないけどさ。力になるって言ったしさ。俺も興味が湧いてきたし?」
「さっすが響さん!一緒に探偵になりましょう!」
「なるこは本当にノリノリだな。詩音、案内してよ」
「はぁー……分かったよー。その代わり、納得できるまで付き合って貰うからね」
「「合点承知!!」」
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