第19話 憶測溢れる現実的な推理から始まる消えた遺体探し

 放課後、予定通り3人は例の遺体の無い殺人現場の元へ向かった。

 写真とは違い既にバリケードテープは撤去され、乾いた血痕は跡形もなく消えていた。そこは殺人現場という悲惨な背景など最初から無かった様に錯覚してしまう。ただ変わらぬ日常の一幕が彼らの眼前に広がっていた。


「予想していたと言えばその通りだが……本当にここで殺人事件が起こったのか?」


「写真みて。街頭はアレ。血の着いた塀はコレ」


「ふーむ、場所は一致してますねぇ。詩音さんの話だと、通報された時にも遺体は無かったようですし」


「じゃあ、誰かが好き好んで運んだっていうのか?」


死体愛好家ネクロフィリアとか?」


「ゾッとするようなこと言うなよ。……いや、可能性としては有り得るのか」


「無難に推理するなら殺害した本人ですかね。隠蔽するのは当たり前でしょうし」


「となると見つけるのは困難だよな。なにせ身元不明どころか遺体すら無いんだ。これ以上調べるにも情報が足らない」


 3人は絵に描いたように頭を捻る。

 見つからない遺体。存在を抹消された殺人事件。何一つ出てこない情報。誰かが裏で都合よくシナリオを書き記している様なこの出来事に彼らはただ唸り声を上げるだけだった。


「あっ」


「メーちゃんどうしたの?」


「とんでもなく大胆な推理、思いついちゃったんですけど……言っていいですか?」


 諦めの空気が漂いつつも数分間の沈黙の果て、鳴子めいこにひとつの考えが浮かんだ。それは天啓というにはあまりにも稚拙で、神でさえ呆れてあんぐりと口を開くような発想だった。


「もしかして、“存在が無い人”が被害者だったんじゃないでしょうか?」


「「は?」」


“存在が無い”というのに“被害者”がいる。


 前置きはあれど、鳴子の矛盾に満ちた物言いに詩音しおんきょうの頭には疑問符が浮かぶ。

 ある種の哲学、はたまた思考実験か何かか。それとも知恵熱による脳のオーバーヒートか。

 とにかく新たに提言された第三の選択肢は、2人にとっては突拍子の無い案であることに違いはない。


「ごめん、メーちゃん。もう少し分かりやすく説明出来ない?アタシ今情報の整理がまっったくってほど出来てない」


 星が飛び散っているのではないかと思う程輝いた鳴子の熱視線から顔を逸らしながら、フィーリングではなくロジカルを用いた説明を詩音は求める。


「す、すいません!!えっと、そのー……よくあるじゃないですか。。ほ、ほら!捜索願いが出てないから、多分、きっと、殺人事件なのに大事になってないんじゃないかなーって……あははは!流石に無理がありましたかね……」


「居なくなっても困らない人……ホームレスとか?」


「ですです!でも私は……」


「――裏社会の人間」


 響は口元に手を当てボソリと呟いた。


「反社会勢力……ヤクザや暴力団員なら一般市民なら関わろうとしない。それに、ホームレスと違って死んでなお利益があるとすればヤツらの方だろう」


「……そっか。交渉の材料に使えるもんね。だったら、露希で抗争が起こるってこと?」


「えっ!それは流石にまずいんじゃないですか!?アアア……どうしよう、私たちヤバいことに巻き込まれたんじゃないですかぁ!?」


「いや、だったら既に大事になってるはずだ。それこそゴシップ誌で取り上げられていたっておかしくない」


「反社会勢力、尚且つ大事にならない人物……“氷雨ひさめ組”が関わってるかもしれない」


「詩音、お前もそう思うか」


「氷雨組って……半年前に壊滅したヤクザでしたっけ?」


 今は亡き氷雨貞宗ひさめさだむねが組長としてまとめあげた組織、氷雨組。解散状態であり、名前だけが残る組織の構成員が殺されたとして、たとえ元組員でさえ気にも止めないだろう。何より、遺体が無く、身元が不明なのだがら気に止めようが無い。

 事実認知されるべき殺人事件は誰のまなこにも写っていない現状。

 憶測に憶測を重ねた推理が、妙に現実感のある真実へと変わっていく。


「か、仮に!仮にですよ!?氷雨組の構成員さんはいったい誰に殺されたんですかね……?」


「思い当たる節があり過ぎるよ。ヤクザという肩書きが多方面に恨みを買ってる。それに氷雨組の看板は、今じゃ後ろ盾にもならないし。だとしたら、一番の可能性は露希を狙ってる近隣のヤクザかなー。陣取り合戦は基本みたいな世界でしょー?」


「恐らくだが他勢力じゃないだろ」


「キョーくん……その根拠は?」


「考えてみてみろ。今の氷雨組は風が吹けばぴゅーと飛んで行くくらいには脆くなってる。わざわざ組員を1人捕まえて殺すくらいなら、さっさと抗争を仕掛けて本拠地乗っ取った方が早いだろ?」


「それもそっか」


「では、氷雨組構成員(仮)殺しは一体誰なのか。他勢力でもなく、切羽詰まった一般人でもない。世間的に悪と称されるヤクザを屠ったソレはよっぽどの物好きだ。まぁ、正義感によるものかどうかはこの際考えないようにしよう。手を出せば飼い主の仇討ちが来ることは明白。それすら意に介さず、降りかかる火の粉を己の手で振り払える程の強者! (すべては仮定に過ぎないけれど)さすれば答えは自ずと分かってくる!!」


 歌うように語る響が次に何を言うか詩音には分かっていた。

 ――――あぁ、


「ビダハビットだよ。この事件、都市伝説が関わってる!」


 響は力強く声高々にそう宣言した。


「都市伝説きちゃいましたか!!やっぱりいるんですね!ビダハビット!!」


「いやいやメーちゃん、ちょっと考えて?どっかの力自慢の格闘家かもしれないし、快楽殺人鬼の説もありえる。何よりキョーくんが言ってたんじゃん。『都市伝説は教訓だー』とか、『死を明確に表現してるー』とか」


「細けぇこたぁいいんだよ!!要はロマンがあればいーの!!俺の推理はロマンが8割なの!!その都度その都度解釈が変わるのが都市伝説のいい所なの!!」


「ロマンよりロジカルを優先してよ。人死んでるんだから」


「いや鳴子さんの快楽殺人鬼説もかなりロマンでは!?都市伝説と同レベルですよ!?」


「アタシは現実にありえる可能性を言ったのでセーフです」


「ぼ、暴論だぁ……」


 都市伝説による殺人は、対抗馬として上がった“力自慢の格闘家説”、“快楽殺人鬼説”で成り立ってしまうことを(どちらにせよ力技であることに変わりは無いのだが)いとも容易く証明されてしまった響は眉間に皺を寄せながら詩音を睨んだ。


「ぐぬぬぅ!結局詩音は都市伝説なんて信じないってのか。……でも、裏社会の人間が殺されたっていうのは濃厚だと思うぜ。氷雨組関係者っていうのもあながち間違ってない気がする。警察が動かないのは、遺体が見つかってない今の段階で気づいた上層部から圧力でもかけられたのかもな。俺たちでさえ勘づけたんだ。ここまでは思いついてるだろう。だが、そこまでだ。遺体の行方は分かってないし、殺した相手も分かってない。深追いするほどの事件とは考えていないってことだろ」


「んー、じゃあ私たちがこの先を知るには遺体を見つけなきゃ行けないって事ですかね。本格的にって感じですね!」


「メーちゃんワクワクしちゃダメでしょ。危ないことに片足突っ込んでるんだから」


「そう言う詩音さんだって止めないってことはノリノリなんじゃないんですか?」


「……反論はできないねー」


 痛い所を突かれた詩音に鳴子はフフンと鼻を鳴らして見せた。舌戦で初めて詩音に勝てた鳴子は、いつもより一段と得意気な表情を見せる。


「なら方針は決まったな。俺たちは消えた遺体を探す。依存は無いか?」


「ないですよ!!」


「おっけー」


「なら、探す場所は彼処しかないな!」


「アテがあるんですか?」


「あぁ、露希の死者が眠る場所。そして露希が誇る大富豪の土地、【セレモニア新園】だ」




 ――――存在しない遺体。否、を探すというひとつの道標は3人の繋がりをより深く強固な物にした。

 それは仕事や学業という強制と閉塞感による庇い合いなどでは決してない。

 何事にも向き合え、何者にもなれるほんの一時。

 青春と謳われる人生の1ページ

 3人の書き出しは、線路の上を歩む少年たちを彷彿とさせる出来事で綴られたのだった。

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