第10話 第一印象 ―ファーストインプレッション―

 午後の授業も終わり時刻は16時を回った。

 特に部活に入る予定の無い3人は、部活勧誘の目をするりするりと避けながら手振柘榴てふりざくろの話をしながら九判こばんに向かう。


「やっぱりアタシあの女キライ」


「いやいや詩音しおんは気を張り過ぎなんだって!俺なんか都市伝説で協力してくれるって言われたよ?」


「キョーくんはそうだろうね!!」


「2人ともそんなことで喧嘩しなくていいじゃないですかぁ!私なんてめちゃくちゃ注射痛かったんですよぉ!?」


「なるこ、それは……」


「メーちゃん、ご愁傷さま……」


 鳴子なるこは採血中に急激な体調不良を起こしたことを思い出しながら続け様に文句を言う。


「頭の中を直接殴られたことあります!?そのくらい酷かったんですから!!」


「め、メーちゃん落ち着いて」


「そ、そうだよ!ナルコほら!駄菓子!駄菓子おごるから!!」


 先程まで口論を交わしていた響と詩音だが今は鳴子を宥めている。

 立場が逆転した2人は焦った。出会って日が浅い故に鳴子の憤りに手をこまねく。


「でも私だけ痛い思いをするのは不公平じゃないですかー?」


「気持ちは分かるけどさー……てか、なんでなるこだけ痛かったんだろ?」


「そう、ですよね……私別に先端恐怖症とかでもないですし……」


 鳴子はうーんと、唸り声を発しながら頭を捻る。

 詩音、響は勿論のことクラスメイトたちも痛くなかったと口にしていた。

 なら私は何故?考えれば考えるほど鳴子に思い当たる節は無い。しかし1度でも疑問に思うと頭の隅に残って仕方がない、鳴子にとってはどこかしこりが残る経験だった。

 心の蟠りから思考を遠ざけるように地面に向けていた視線を前に戻す。


「エッ!?」


 彼女は突然素っ頓狂な声を上げた。

 何故か。


 


 いや、合ってしまったのだ。

 ただ、人間と目が合っただけと言うならここまで驚きはしない。


 鳴子と目が合ってしまったのは鳥だった。

 正確に言うと首から上は鳥。身体から足の先までは人。

 世俗的な言い方をするならバードマン。


「……ッ!!」


 口をあんぐりと開け鳴子は詩音と響の肩をバシバシと叩く。


「ちょ!痛ッ!な、なにメーちゃ……ん……」


 ここでようやく詩音も目の前に立つ非現実を視認する。

 反応は鳴子とは真逆。硬直という言葉をこれ程まで再現する状態はなかなかないだろう。


 ただ1人、枝織響の反応だけは先の2人とは違うものだった。


「あっ、田中さんじゃん!?」


 


「ちょっ!えっ!キョーくん!?」


「しししし知り合いっ!?は?響さん!説明を求めまぁす!」


 2人の言葉に回答を返す前に響は『田中さん』と呼ばれた不審人物(もとい不審鳥物)の元へ駆け出した。


「田中さん昼にこっち来ちゃダメっていったじゃん!」


「あっ、枝織くぅーん!!久しぶりー!あれ、後ろのふたりは?」


「あ、えーと、あのですね……」


(とりあえず!あの2人は都市伝説とか分からないのでコスプレって体でお願いします!!)


(えっ、あっ!う……うん分かったよ!)


 遠目からでも分かる明らかに怪しい示し合わせに奇怪な目を向ける詩音と鳴子。

 そんな女性陣にバツが悪そうな顔見せながら響は手招きをする。


「えーと……彼は田中さんで、あー、知り合いです、ハイ」


「鳥ですけど」


「あ、えっと、そう!鳥!!鳥が大好きでこれ被り物なんだよ!」


 たどたどしい弁解をする田中さんを更に鳴子は怪訝な顔をした。


「ほんとだって!!これだって作り物で……あだだだだだだだだだだだ!?」


 ぐわしっ!


 いつの間にか背後に回っていた詩音が徐に田中さんの頭(鳥頭)を掴んだのだ。

 仏が万物を優しく包み、安息を与えるためにその手を使うとしたら詩音の掴み方はその真逆だった。

 純粋な子供が、その純粋な好奇心にただ身を委ね道行く蟻をバッチンバッチンと潰す。

 そんな悪意のない好奇心が田中さんの頭部を襲ったのだ。



「離してっ!?離してくださぁい!!」


「えっ、痛いの?」


「人間だって髪の毛ひっぱられたら痛いでしょう!?それと一緒!」


「でも作り物って」


「それはそれ!これはこれ!!」


 手を離す詩音に怯え田中さんは2、3歩彼女から距離をとる。

 冷や汗を拭いようやく落ち着いたのか、田中さんは口を開いた。


「驚かせて申し訳ない。僕の名前は【田中鳥夫たなかとりお】。人間だ。ええ人間だとも!」


(逆に怪しいんだが!)


 頭を抱える響を横目に鳥夫は続ける。


「枝織くんとはちょっとした知り合いでね。ははは……」


「そうなのキョーくん?」


「一応ね……」


「ふーん?」


 詩音のジト目により一層の磨きがかかる。

 その視線を向けるべきはあちらの鳥頭では?

 響はそんな言葉をグッと飲み干す。


「田中さん……田中鳥夫……あっ!分かりました!鳥夫が数字の3を表すトリオだからなんですね!!」


「なるこさん!?だれもトンチを披露しろなんて言ってないよね!?」


「トンチじゃなくて推理です!!」


 鳴子の迷推理により響は更に頭を抱える。

 もうどうにでもなれ、響はその一言で頭の中で埋めつくした。


「名前はっ!」


 そんな中口を開いたのは田中鳥夫だった。

 よく響く声は騒音をかき消す。


「名前は、そういう訳では無いんだ。えっとなるこさん?」


「ナルコはあだ名で怪崎鳴子っていいます。私、ちょっと混乱しちゃって……」


「ふふっ、推理は面白かったよ。そちらは……」


「詩音、錆谷詩音。さっきはその、急に頭を掴んで……ごめんなさい」


「いやいや、元はと言えば怪しいこちらが悪かったんだ。気にしないでくれ」


 お互いの誤解が解けたのか先程の混沌で殺伐とした雰囲気は少なからず緩和された。


「そうだ!田中さんは用事があったのでは?」


「あぁ、枝織くんに少しばかり相談したいことがあってね」


「そういうことね。田中さんはこの街に来たばっかりだからさ、相談役になってたんだ」


「キョーくんは相変わらずお人好しだねぇ」


「困ってる人が居たらほっとけないだろ?“お人好し”俺の良いところだからな」


「それもそっかー。じゃ、アタシたち先帰る。めーちゃん行くよー」


「えっ?響さん置いていっていいんですか!?」


「大丈夫大丈夫。なんだかんだで変な人付き合いがあるのは昔からだから。田中さんみたいなタイプは初めてだけど」


 鳥夫はうっすら苦笑いを浮かべる。とはいえ顔が鳥だから表情は伝わりにくいだろう。


「それじゃキョーくんまたね。田中さんもまた何処かであったらよろしくー」


「響さん!田中さんサヨナラー!!」


 半ば詩音に流されるように鳴子はその場を後にしたのだった。

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