第11話 都市伝説は人の夢か?
まだ見つかったのが知り合いだから良かったものの、これ以上人の目に触れるのはことが大きくなりかねない。
「気を使わせてしまったね」
「いや、詩音は慣れてるから大丈夫。なるこにもうまく説明してくれるでしょ。で、田中さんはどうして昼に目立つところにいたの?体はいくら人間でも流石に目立つよ」
「そりゃあ【バードマン】ですから」
バードマン。
鳥人間と称される彼らはたびたび写真に写り込み、その手のテレビで話題になる。
ここ
「ずっと思ってたんだけど、バードマンって翼も無いのにどうやって空を飛んでいるんだ?」
「そうだね……飛ぶと言うより泳いでいるんだよ。空気を掴むって言ったらいいのかな?」
メディア媒体に映る映像には翼のような物がよく見える。
だが、バードマンである鳥夫にはその翼が無い。生えているのは人の腕だ。
実際は翼を使い飛行するのではなく、大気中の空気の流れを上手くつかみ空を泳ぐ。
それが本来のバードマンの飛行方だ、と鳥夫は響に説明した。
「ふーん……そう言えば本で読んだことがあるなぁ。人の体に翼が生えても、結局自重を支えきれなくて空へは飛べないって話。けど、想像によって姿を形作る都市伝説なのに、なんで翼じゃなくて人の腕のままなんだろう?」
「それこそ生物的な体構造には逆らえなかった、という奴かなぁ。都市伝説も地球の環境、生物としての進化構造に適応しなければ、存在できないのかもしれない。まぁ僕の場合、社会にもなかなか溶け込めむのは難しいがね……」
伏し目がちな鳥夫に響は苦笑いを向ける。
「で、でもさ!空を飛ぶって俺たち人間からしたら1つのロマンだよ」
「ロマン……か。なら、ある意味僕は人類のロマンの体現なのかもしれないね」
「え?」
「人間は機械を使って空を飛ぶことしか出来ない。そして、君たちの理想としている神や天使には翼が生えている。共通点はどちらも“何かに頼る”ですよね?」
「それの何が悪いんだ?」
「いやぁ、悪いとは言っていないよ。ただ、仮に翼が生えたとして、その姿を目にした大半の人間は受け入れられると思うかい?」
響は鳥夫から目線を逸らし考える。
もし、自分に翼が生えたら鳴子や詩音はどう思うのだろう。
いや、彼女たちなら受け入れてくれるはずだ。
ナルコは好奇心旺盛だから『自分にも教えてくれ』と言うだろう。
詩音もおそらく『キョーくんらしい』なんて言って受け入れてくれそうだ。
なら愛しの
彼女だって都市伝説を目で見て受け入れている。きっと嫌われはしない。もしかしたらもっと好かれるかもしれない。そうしたら万々歳だ。
では他人ならどうだろうか?
答えは明白だ。おそらく驚きの目を向けるだろう。その視線にはどんな思いが籠っているだろうか。待望、奇異、畏怖、崇拝。
どれにせよ、“郡”として見られることは無くなり“個”として存在が確率される。
良くも悪くも特別になるのだ。
響は鳥の顔を持つ鳥夫に目線を合わせ少しばかりの沈黙を破った。
「多分、世間的には受け入れて貰えないと思う」
「おそらくね。だからこそ、変化なく空を飛びたい。人として空を飛びたい。そんな都合の良いロマンで私は産まれたんだろう。ただ、それだけだと願望になってしまう。空の体現者である鳥を組み合わせることで、伝説として成立させたんだ。異端となる人間を産み出さないために」
そう言った鳥夫は少し悲しげな表情をしていた。
響はなんとなく彼が市街に現れた理由が読み取れた気がした。
結局のところ人も都市伝説も寂しいのだ。そして後者なら尚更だ。
彼らの糧となる信仰や想像を数百年で凌駕し、発展した化学。それにより、今や数々の“伝説”は証明されつつある。むしろ、都市伝説が化学技術を使って売名する時代だ(誰とは言ってない)。
明かされた多様性により都市伝説は在り方を失っているのだ。
「鳥夫さんの悩み、まだ詳しく聞いてませんけど天ヶ原神社にいる連中なら力になってくれますよ。勿論俺もです」
「枝折くん……!」
「さ、着きましたよ。天ヶ原神社です」
鳥居前は何時もと変わらず人の気配は無い。ただ、風と木々のざわめきだけが耳に入る。
境内へ入ると三羽烏の一体、カッパの都市伝説であるカルパチーノが声をかけてきた。
「やぁ、枝織少年。今日は亜姫嬢はいないぞ。して、そちらは……」
カルパチーノが鳥夫に声をかけようとした刹那、鳥夫はカルパチーノの視界から消えていた。
否、消えたのではなく地に伏していたのだ。
両膝を着き、腰をこれでもかという程に丸め、両肘は45度を維持し、その手は美しい正三角形を生み出していた。
そして額は正三角形に添えるだけ。
土下座である。
誰が見ても明らかに分かる土下座。その姿に神々しさすら覚えてしまう。
「僕に仕事を恵んでくださぁぁぁぁぁあい!!」
山をも揺るがすバードマンの方向に一同はただ圧巻されるだけだった。
数秒の沈黙が流れる。
「そっ……」
初めに口を開いたのは響だった。
「それが悩みィ!?」
「それがとはなんだ枝折くん!」
「いや、まさか、街に下りた理由が仕事とは思わなかったから……」
「あぁそうさ!僕だってこんなことで悩みたくなかったさ!ただ聞いて欲しい!僕は決して悪くないんだ……。全てはアイツのせいだ!!」
「アイツ……?」
都市伝説を震え上がらせる存在は限られている。それはより格上の都市伝説だ。まさか、ビダハビットか?
響はゴクリと唾を飲む。
「それって……!!」
「あぁ……!あの煌びやかな映像、鼓膜を突き破る豪音、そして勝者のみが手に入れられる祝杯!僕は虜になってしまったんだよ……パチンコに!!」
響は無言でカルパチーノと目を合わせる。
目の前には嗚咽を漏らしながら肩を震わせる鳥夫。
カルパチーノが頷いたことを確認した瞬間……。
――――響は力いっぱいに鳥夫を殴った。
拳にはどのような思いが込もり、どのような重さを持っていただろう。
先程まで鳥夫と交わした問答の数々。ロマン、多様性、
そして、鳥夫は飛んだ。それはそれは無様な飛びっぷりだった。おそらく意識も飛んでいるだろう。
「枝折少年……」
「何?」
「ああはならないでくれたまえ」
「分かってるよ……」
思わずカルパチーノの語尾が外れるほどに情けない鳥夫の真実に響は頭を抱え、こうはなるまいかと心に刻んだのだった。
その後意思が回復した鳥夫が、カルパチーノと響に正論という弾丸を浴びせられたのは語るまでもない。
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